「……こんなものかな?」

自社ブランドの礼服を一通り着込んで、姿見の前でゆっくりと回ってみる。
この行動を他人が見たら『お前は思春期の女の子か!?』と笑われそうだが、今日の結婚式は特別なのだ。

―――日本を代表する大物カップルの結婚式。

披露宴には中継用のカメラが何台も入る。
そんな場所に自分でデザインした礼服を着ていくのだ、とてもいい宣伝になる。
と来れば、念入りにチェックをしてもおかしくはないだろう。

(まあ、それだけって訳じゃないんだけど………)

京子ちゃん…最上キョーコちゃんは今日、ヒズリ姓に変わる。
俺の数年来の想い人。
彼女の晴れの舞台だ、人生最高の日だ。
悔しいから、せめて格好良くして行って『早野さんにすればよかった』くらい言わせてやりたいじゃないか。
殿堂入りした彼女の夫に代わって、ここ3年は『抱かれたい男NO.1』に輝いている俺なんだから。





5年前、ドラマで共演した後に俺は振られた。
あの時は敦賀くんのストーカーによって、主演女優のマネージャーが刺される事件が発生して大変だった。
よくスポンサーが降りなかったものだ。
製作側が頑張ってくれたのも大きかったし、LMEがかなり協力してくれていたとも聞いている。

(ま、看板俳優と売出し中の新鋭女優の問題だったからね。)

敦賀くんとはあの後、一度共演する機会があった。
が、『春のひだまりのような温厚紳士』は信じられないくらいとても嫉妬深い男だった。
俺が京子ちゃんの『初スキャンダルの相手』ってだけで、(表面上は笑顔なんだけど)敵意むき出しで毎回食って掛かってきた。
…俺が京子ちゃんの事を忘れられないでいるのも気付いていたかもしれないけど。

(………そう言えば京子ちゃん、また一段と綺麗になってたなぁ。)

昨日、高遠杏子に面会に行った際、久し振りに会ったのだ。
テレビではよく見ていたが、結婚式を翌日に控えた彼女は、更に磨きを掛けて美しくなっていた。

『早野さん、お久し振りです!』

高遠杏子の車椅子を押しながら精神病棟の中庭を散歩する彼女は、花のようにほほえんだ。
ただ緑の木々しかない殺風景な中庭が、その微笑み一つで華やいだ気がする。

聞けば年に1・2度程、彼女の様子を見にくるのだそうだ。
あんな目に遭わされたのに何故?と聞くと、少し困ったような顔をして『彼女の気持ちもわからなくはないですから…』と答えた。
………高遠杏子の気持ち?
ストーカーの気持ちは、俺にはよくわからない。

(オンナゴコロって奴はわからないなぁ………)

まあ、それを言ってしまえば、時々彼女の様子を見に行く俺もよくわからないのだが。

高遠杏子は意識を取り戻したものの、記憶がなくなっていた。
覚えていたのは『コーン』と『キョーコちゃん』。
精神は6歳にまで戻っていたのだと言う。
初め面会に行ったのは、一言文句を言うためだった。
京子ちゃんとのスキャンダルは彼女に仕組まれたものだったと知って、何でもいいから言ってやりたかった。
だけど、あどけない笑顔で『お兄さんこんにちは!』と言われて、何も言う事が出来なくなってしまった…。

彼女は今、全てを忘れてもう一度やり直そうとしている。
それがいい事とは決して思わない。
彼女の行いで傷ついた人間はたくさんいる。
償わなくてはいけないものはたくさんある。
それでも、彼女の生い立ちを聞いて、せめて今度は隣でそっと支えてくれる誰かが現れる事を願った。
愛に飢えていた彼女を見守ってくれる誰かを………





〈ピピピピッピピピピッ……〉

ケータイのアラーム音で、意識を戻された。

「っと、いけね。遅刻するわけにはいかないだろ。」

今日は当時共演していた俳優達と、待ち合わせをしている。
俺が新郎新婦への一言スピーチを求められているので、当時の事をみんなで話して再確認したいと言ったのだ。

(にしても、京子ちゃん。振った男にスピーチ求めるなんて、君もなかなか悪女だよな。)

「………さてと。行きますか。」

飲みかけていたコーヒーを口に含むと、既に冷めていて苦味が強かった。
今日の俺の心みたいだな………。
そう思うと、苦笑が漏れる。

この、少し苦い恋心に終止符を打つべく、俺は家を後にした。




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“ビター・ビター”

惚れた女の結婚式ほど苦い日はない。