自分の根っこには強い怒りと恥と罪悪感があるようです。
普段の私はこれらの感情の当事者になれません。
子供のままの姿で止まっている自分が叫んでいるのを認識すること、身体は痛みを感じていると確かめることは出来ますが、感情と体感と思考はそれぞればらばらで統合されていません。
ただ、嬉しさなどポジティブなことはひとつに繋がるようになってきました。
昔は笑うことを怖がっていたので、ものすごい進歩です。
いったい何の話かというと私の障害についてです。
診断名は複雑性PTSDです。
数ある症状の中でも特に解離という特性が強いです。
この記事を書いたことも書いた内容も覚えていられない可能性が高いです。
忘れてしまうのではなく、思い出すことに強い苦痛を感じるから厳重に鍵をかけてしまってる状態だと思います。思い出したいのに身体が言うことを聞かないのです。ふとしたときに一瞬思い出して、ああ忘れてたなと嫌な感情だけ残してまた消える。
それが憎たらしく思えることの方が多いですが、この機能は防衛反応であり、私を守ってくれているらしいです。
社会で生きていくにはとても辛くなる要素の多い症状ですし、理解もほぼされません。
ただどう嘆いても解離がなくなることはありません。
診断されてから11年弱になりますが、まだ私はひとりの人間として統合されていません。
昔に比べたら目覚ましい回復を遂げている実感がありますが、未だに記憶は途切れています。
そして何を忘れていてどう感じているのかわからないときでも、混乱の中で何かが迷子になっている、何かがでてこなくなっているということはわかります。
でも具体的なことはモヤがかかってわからない。
このことを人に説明するとき、なんてホラ吹きだと思われているだろうかといつも怯えます。
ここでも抽象的な話になってしまいました。
いつものことです。
取ったメモを見返すのも苦痛を感じるので、正直お手上げです。どうかご容赦下さい。
ただ本当に、私はとても回復しました。
でも私はワガママだから、もっと回復してひとつの人生を生きている実感がほしいと願っています。
昔に比べたら取るに足らない苦痛でも、それに目を向けられるようになったなら向き合いたいという強欲さが私を私たらしめているので、どうか昔の私は今の私を恨まないでほしい。
日記
今日は定着面談でしたね。
優しさからとてもみじめな気持ちになったけれど、特大ミスの反省と感情受け入れだけやっておいて、惨めさの解消方法はまた余裕のあるときに考えてください。
私は恐怖や恥の感情のコントロールが難しいですね。
自分で思っているよりも冷静ではないのかもしれません。
別に冷静に出来るやつじゃなくていいからとりあえず受け入れてみてください。
他人の軸から少し離れてみてください。
自分の歴史から見たらよくやってる方かもしれないし、逆に後退しているかもしれません。
結果はどちらでもいいので、今自分がどこにいるかは自分の歴史から決めてください。