晴れてます。
そして、やっと撮れました。
霧氷です。
ね、氷細工か、砂糖細工か・・・そんな感じでしょ?
残念ながら、最初の写真を見てもらうとわかるように、我が家の周りは、霧氷ができませんでした。
霧が出なかったんですね。
ちょっとくだったら、こんな景色・・・これでも、ちょっと時間が遅いんで、だいぶ消えてきてるんです。
霧氷・・きれいでしょ?
それで、思い出したんですが、
上田市の山とも言える太郎山。
たくさんの市民が、(旧上田市内の人なら、ほとんどの人が)登ったことのある太郎山。
なんと、1年に360回以上も登った人もいるんです。
そう!
1日に2回登る事もあるって事です。
普通の大人の足で、2時間弱くらいでしょうか・・・?
山登りに慣れてる人なら、1時間くらいで、登る人もいるようです。
毎朝、走って登った大学生もいたそうです。(学校に登校する前にです)
この山の魅力。
色々とあるんですが、ある方が、
『冬になったら、毎朝、出来たての霧氷が見られるんですよ。』
と言っていたんです。
そのことを、ふっと思い出しました。
霧氷は、毎日、昼間になると、融けて消えてしまうのが普通です。
そして、次の朝、また、新たに凍る。
毎日見ても飽きない風景です。
もうひとつ、太郎山の名物。
逆さ霧。
今日も出てましたよ~~
山の上から、下に向かって、なだれ落ちるような霧。
携帯のズームは、このくらいが限界ですが・・・
昔から、太郎山と言えば逆さ霧。
そういうくらい、地元では有名です。
もうひとつ、上田と言えば、真田様の国。
太郎山のふもとの大輪寺には、真田昌幸(幸村の父親)の正室の墓所があります。こちら
実家のすぐそばなので、(母方のお墓もあります。)娘と言ってきました。
太郎山のふもとのちょっと小高い所。
景色がとてもいい所です。
これは墓所より、ちょっと高い所から撮っていますが、
きれいでしょう?
小学生の頃は、この辺で遊び回っていました。
お墓って、たくさんの霊が見護っていてくれて、なんだか安心な気がするのは、私だけでしょうか?
これが、正室山手のお方様のお墓から見た上田市。
今現在でも、それほど遮るものもないので、良く見渡せますが、
当時は、上田城や千曲川まで、見えたのでしょうか?
ここに、墓所を作った気持ち、わかるような気がします。
真田昌幸は、九度山に流されて亡くなったので、徳川方について、真田を継いだ、長男信之が、伺いをたてて、
松代で、荼毘にふされて、旧真田町の長谷寺に葬られているとか・・・
九度山にも塔が建っているそうです。
智将と言われた真田昌幸。そして幸村。
そう言えば、戦国武将の入浴剤が出ていますが、
真田幸村の湯は、『タヌキ色の湯』だそうです!(爆)
戦国武将も、こんな夕陽を眺めてたのかなぁ?
下に、暗く写ってるのが、大輪寺です。
たぶん、戦国時代と景色はそれほど違わないのかも・・・
そう思うと、なんだか面白いですね。











