今日は、5月11日です。

あの大震災から2ヶ月が経ちました。
あの日から2ヶ月・・・
私達は何を思い、何を感じ、何をして一日一日を
過ごしただろう・・・。



私は、3月11日震度6弱を体験しました。

幸い、ライフラインは水だけが使えない状況だったので
電気、ガスが使える私達は凄く恵まれていました。


度々続く地震、原発の爆発・・・


3月13日の夜中
虫の知らせだったのか、大地震前日にガソリン満タンに
していて、十分に車を動かせた為、
私達は一般道で何時間も掛け実家へ一旦非難しました。


車を走らせれば走らせる程、地震の影響がない町並みに
、意識が付いていけなくなりました・・・。


今来た道を戻れば、被災地・・・
このまま前に進めば、何不自由のない土地がある・・・。


途中によったコンビにでは、ツーリングの若者、
お洒落をしたカップル・・・


私達が後にした地域で暮らす友人は何をしているだろう・・・
非難している事さえ自己嫌悪の塊になりました。


お洒落をしたカップルが私の隣に立った時・・・
着の身着のままで逃げてきた自分の格好にでさえ
恥ずかしさを抱いてしまったのが正直な気持ちでした・・・。



被災地から何百キロと離れた地元周辺で、
水、米、パン、乾麺などの食料がスーパーから
消え・・・
トイレットペーパー、ティッシュなど生活用品が
ドラックストアーから消えました・・・。
ガソリンも入手困難となり、交通手段さえ経たれました・・・。


又、何百キロと離れた地域からも大気中の放射線濃度が上がり・・・
水道水から放射線が見つかり・・・
野菜、牛乳など規制が掛かりました・・・。





そういった日々の中、
旦那君は、一人仕事に戻るため、帰っていきました・・・。
私も一緒について行きたかったけど、旦那君の仕事の帰りは遅く、また
宿泊も多い為、私がついていくと返って心配が増えるだけとの事と・・
何よりも母親が猛反対していた為、私だけ実家に残る事になりました・・・。


実家に戻っているものの、地震の恐怖心が消えず、寝るときでさえジーパン
を着用していました・・・。


週末には旦那君が会いに来てくれました。
私は、地震が怖くて外に出る事がなくなっていました。

そんな状況を察して、
旦那君が街に出ることを提案しました・・・。


正直気乗りはしなかったし、
電車に本当に乗りたくなかったけど、
私自身このままでは家から出られなくなるのでは?
という不安もあり、勇気を出して街に出ました・・・。


だけど・・・
お洒落なんて出来なくて、いつどこでなにが起こるか分からない
状況に対応できる様、バックには水・お菓子・電池などを詰めて
そして、格好もデートなんていう事を一切無視しきった格好で
出かけました・・・


電車では、ヒールを履いている人、ミニスカートの人・・・
私は目玉が飛び出るんじゃないか?ってくらい驚いてしまった事を
思いだします・・・。


この時、大震災から1週間しか絶っていませんでした・・・。



今・・・大地震があったら?!
皆・・・どうするんだろう・・・・。



そんな事を思いながら常に生活していました。


3月11日から1ヶ月が経った頃、
余震もだいぶ少なくなり、一度家に戻る事に決めました。


4月10日
旦那君と一緒に帰り、部屋の片付けを済ませ、
1週間くらいはここで生活しようと思っていました・・・


4月11日
来客があり、話していたら地響きが始まりました・・・



地震っていっても震度3くらいだろうっと高をくくっていたら

がたがたがたがたあたがたがたがたがたがたが


まさかの・・・

震度6弱


私は、あまりの恐怖に・・・
そして、
まだ大地震がくるこの自然が憎くなって

泣きながら避難しました・・・。


そして、

4月12日
私は、震災以来始めて開通した新幹線の始発に乗り込み
再度、実家に避難しました・・・。




なので・・・
私の中では「11日」っという日は、大地震という概念が
根強く付いてしまい・・・
今日という5月11日も不安で仕方ありません・・・。




正直なところ、5月10日(昨日)就寝前に、避難グッツを見直し
必要な物など詰め直して就寝しました・・・。


今朝4時頃でしょうか・・・

携帯から「緊急地震速報」が流れました・・・。

怖さのあまり、何も出来なくてベットの脇を握りしめてました・・・。

即効で、旦那君にメールをしたけど・・・
睡眠時の旦那君は震度3程度では起きない熟睡者の持ち主・・・。
メールに気づくわけもなく・・・


私は、大地震がきたときのイメトレをはじめました。



幸い、揺れは小さかったのですが、
これからに備えて、

髪の毛を洗おうか?メイクをしようか?


散々考えぬいた挙句、
逃げるにも睡眠を取っておかないと逃げれない!!!
という、過去の体験から睡眠を取ることに・・・



何分?何時間後?
寝ぼけていて覚えていないのですが・・・

また、
携帯から「緊急地震速報」が流れました・・・

即効旦那君にメールをして、返事が帰ってこない
流れは全く一緒・・・


それから、私は再度眠りについたようでした・・・

そして・・・

メールに気づいて電話をくれた旦那君からの電話で
起床しました・・・。


まだまだ、小さな余震は頻繁に続いていて・・・
多きな余震にも気が抜けません・・。


でも・・・
あの大震災から、2ヶ月が経過した事は紛れのない真実です・・・。
「時間が解決してくれる・・・」
そんな慰めの言葉がありますが・・・
あの大震災から時間だけが経過し、3月11日のまま取り残されて
いるような気がするのは・・・私だけでしょうか・・・?



大震災から2ヶ月・・・。
被災された地域の皆様に対し、心からお見舞い申し上げます。



















ほぉ~れ、ほぉ~れ、鉄骨飲料~・・・・

鉄骨鉄骨鉄骨ふふふぅ~ん♪

やがて身となり骨となるぅ~♪

毎日毎日ふっつっふふふんふ~ん♪



おはようござま~すヘ(゚∀゚*)ノ


本日は、モーニング地震から・・・

家鳴りが多く・・・

ドキドキが止まりません・・・ドキンちゃん




そういえば、キャベツったら・・・

5日?4日?前に、ロン毛をショー毛にしてまいりました上げ上げあは



30年間キャベツの人生は、ずっとロン毛な人生やらせてもらっていたわけですが・・・kirakami☆☆


今回、

長さにして40センチ~50センチを断髪してやりました♥akn♥hasami+.床屋さん



人生初のショートカットだわぁ~(///∇//)


なんて思っていたら・・・


そういやぁ~

中学校の時・・・

「内田有○ヘアー」

に憧れて、キャベツもショートにすれば

内田○紀になれるんでは?

という、夢を抱きショートにしたときがありました・・・



が・・・



内田有○ 超えのまさかの 妖怪人間ベム化・・・


「早く人間になりたぁ~いい」

な感じになり・・・

髪の毛は女の命という事を身をもって学びました・・・。

そして・・・

あの時以来・・・ショートは封印していたのです・・・。↓↓ガクリ




そうは言っても、

時代は繰り返されるわけでして・・・。てへ


30歳になってから

まさか

まさかの

ショートカット・・・。きゃ★



切る前、切った後から何故そこまで切る必要があったのかと

聞かれるのですが・・・。耳はてな5!



イメチェンとか、そういった類では全く無く・・・

ただ・・・

ただ・・・


あの地震以来、お風呂に入る事が怖くなり・・・

ロンゲの手入れでティモッテいる時間が怖くて・・・なき


そういった理由からなのです・・・。pupu



だけど、

この、防災対策が功を奏してショートカットの評判が良いのです!!!たくらみ



まぁ・・・メイクを落としたら旦那君顔負けのオッサン化しますが・・・。ジーッ


旦那、友人からは気に入ってもらえています。アップOK


ですが・・・

シャメを見た母親からは・・・泣き声で、

キャベツ・・・どうして・・・どうして・・・こんなにも切っちゃったの・・・なき


って、言われましたが・・・。


母親からすれば、ずっとロン毛の娘が、いきなり旦那超えの

短髪になっていたら、そりゃ~ビビルだろうなと・・・がーん



見慣れた頃には、

「お母さんも、ショートにしようかしら?」


なんて言っていたので、母の悲しみが消えてよかったっと思いつつ・・・

「母よ・・・持っているお洒落ウィっグをどうするつもりですか?」


なんて心の中で突っ込んでしまった事はココだけの秘密Natsumi Diary



短髪がこんなにも楽とは知らず、今までの人生感が少し変わりましたなっ・・・なんと!




切りすぎて切なくなっている方!!!

大丈夫!!!

私は過去に、まさかの人間超えをしました!!!

ヘタなオッサンよりいい味出してるショートヘアーの女が

この日本に必ずいます!!!


そう!!


それがキャベツだ!!!!



おわり











お魚くわえたドラネコぉ~追いかけて~♪

はだしでぇ~駆けてくぅ~愉快なふぅふぅ~んふぅふぅふぅん♪




日に日に暖かくなって来ましたね・・・。

桜も、もう散って・・・

まもなく

日本の夏がやって来ますね・・・



そんな中、キャベツ夫婦は居住地を換える事となりました。



新しく移り住む土地も被災地なのですが、物件探しをする事で、

大震災が残した惨劇を再度痛感しました。

そして、

被災地の現状や現実はテレビで放送される事より、もっと深刻である

っという事・・・。


まさか・・・

そんな事が・・・


っと・・・物件探しだけでそう思ったのだから、もっともっと私の知らない

現実や現状があるのだと思います・・・



頑張ろう東北!!!

頑張ろう日本!!!


改めてそう思い・・・

そして

祈り願いました・・・。




私達は、このゴールデンウィークを利用して物件を探しました。


1件目

不動産屋へ行こうと思い、電話をして行き方を聞こうと

したところ・・・

「今、紹介できる物件はありません」

っと言われました・・・。


これは・・・

私達は、街に出て目に付いた不動産屋にとりあえず入る事にしました・・。


2件目

口頭一番に、

「まず、非常に物件が少なく紹介できる物件があるかどうか分かりません。」

との事だった・・・

とりあえず、私達の要望を伝え、今ある物件を2件紹介してもらいまいした。

「今は、内見せずに決めていかれる方も多いです」

との話を頂き、知らなかった現実を目の当たりにしました・・・。


おそらく、営業の方には私達の不安がひしひし伝わっていたのだと思います・・・。

「僕がこんな事を言う立場にはありませんが、色々な不動産屋に回られた方が

良いと思います。どこも現状は同じとは思いますが、持っている物件がそれぞれ

違いますから・・・」


なんて・・・

なんて・・・良い人なんだ・・・


私達が他で物件を探して戻ってきたときに、今ある物件が残っている保障は無い・・・

そんなリスクを覚悟で私達は他も探してみることにした・・・。



3件目

店内は慌しく働いていた・・・。

口頭一番に出た言葉は、2件目と全く同じだった・・・。


お客さんは私達しかいなかったけど、数分間でひっきり無しにお客さんが入って来て、

対応しきれない程の客数になり比較的手数がある系列店を紹介されていた。


お客さんの思いは、きっと私達と同じ事は言うまでも無く・・・


隣では、仕事の関係で15日までに引越しを完了しなくてはならないという人や、

大学が始まるまでに決めなければならない人など・・・

様々だった・・・。


私達はここで2件の物件を紹介してもらい、内見する事にした。


部屋数等申し分が無かったけど、車がどうしても必要となる立地だった・・・。

車も持っていく為、どうにかなるとは思えたけど、私の運転技術ではどうにも

なりそうな感じが抱けなかった・・・。



4件目

店内には誰も働いている人が居なかった・・・。


あれ?

お休み?いや・・・自動ドア開いたし・・・。


呆然と立ち尽くしていたら、奥から営業の方が出てきてくれた。


「ごめんね~・・・もう、うちは物件ゼロなんだぁ~・・・」


そっか・・・。


「分かりました。ありがとうございました。」


私は店を出た・・・。



次の不動産屋で、携帯に表示される不動産屋は最後となる・・・。

私達は、最後の不動産屋に足を踏み入れた。


5件目

店内は混雑していた・・・。

時間をずらさないと無理かな?なんて思っていたら、対応してもらえた。


ここで、私が一番安心したことは

「物件が今とても少ないです。」

や、

「物件がありません。」

っといった言葉を耳にしなかった事だった・・・。



ここで提示された物件は3件。

内、1件は以前の不動産屋で紹介されたものだった。


他にも探してもらっていたけど、気になった物件があり

心に余裕が無くなっていたし、もう住居を決めてこのなんともいえない

感情から抜け出したくて、私は内見をお願いした。



今現在住んでいる大きさより、一部屋増やしたいと思っていたけど

そんなワガママなんてもう、どうでも良かった・・・。

そう思えるほど納得できる立地だった・・・。


内見は出来なかったけど、外観と立地とう点で私は旦那君にお願いして

ここの住まいを借りる事にした・・・。



最後の最後で、偶然に良い物件にありつけたので、私達はこれから新たな

土地で生活をスタートすることが出来ました。




今回の物件探しで、聞いた話によると、1Kの物件に3人で暮らしている方

もいるそうです。




被災された方が、産まれ育った土地で今までどおり安心して笑顔が耐えない

生活を取り戻す事を心から願います。


そして、

何も出来ないかもしれないけど、その手助けが出来ればと思っています。



これから、引越しの準備です!!!

頑張ります!!!

















この度の東日本大震災において被災された皆様に対し、

心よりお見舞い申し上げます・・・。



久振りのブログの更新です!!!


余震はまだまだ続いていますが、どうにかこうにか今まで通り

の生活を取り戻しつつあります・・・。



3月11日(金曜)あの日の事は一生忘れられない出来事になりました・・・。

でも・・・私は凄くずるい人間だから・・・


あの日にとった行動、

色々な感情、


を、鮮明なまま心にしまって置けるのか分かりません・・・。


だから、

3月11日、震災時の事を書こうと思います。




3月9日 午前中

私の暮らす地域で震度4程の地震がありました・・・。


母親から電話があり、対応せずにいたため、

メールが送られてきました・・・。


母:「強い地震があったけど、大丈夫?」



私は、特に忙しくも無かったのにただ「面倒」という

理由だけで心配して電話&メールをくれた母へ

連絡を返さずにいました・・・。



3月10日 

旦那は出張に行く為、今日は宿泊。


私はいつも通りにパートを済ませ、午後はスポーツジムで

泳ぎ倒して帰宅・・・。


ニュースを見ていると、ガソリンの値段が上がっているとの事で

ガソリンスタンドへ直行!!!


いつもなら1000円分のガソリンしか入れず、ガス欠ランプが点滅

する寸前でガソリンを入れる・・・という生活をしていたけど・・・


ガソリンの値上がりと聞いたら「満タン」しかないでしょ!!!!


って事で値段を確認したらまだ値上がりをしていなかったので「ガソリン満タン」

にして、どや顔気分で帰宅




この日も母親へ連絡を返さず・・・。



3月11日 震災当日


旦那が居ない朝以外は、何も変わりの無い朝を迎え、パートに行きました。


午後には、友人とダンスの練習があった為、パートを終えるなり家に戻り、

食パンをかじりながら準備をして慌しく練習場所へ向かいました。



この日の練習場所は、「公民館」

私達が使う部屋以外では、おばあちゃんが集まって「カラオケ教室」

が開催されていました。



ばあちゃんが何の曲を歌っているのか、私には全く分からなかったけど、

ばあちゃん達が楽しそうで、


「まだまだ現役の青春やってます」


って感じが伝わってきて、気持ちが「フワッツ」ってした・・・。



私達もばあちゃんに負けじと自分達の借りた部屋に行って練習を始めた。


新しい曲にフリをつける為、ホワイトボードを利用して曲調を書いたり

音楽を聴きながらフリを作ったり


そんな事をしていた・・・。


一通りフリも出来たし、音楽と動きを合わせることに・・・


気合を入れる為に、少し大きめに音楽を掛けようとしたとき・・・




かたかたかたかたかたかたかたかたかたかたかた・・・・


?!


キャベ:近くでトラックでも通ったかな????



かたかたかたかたかたかたか・・・・



キャベ:あれ・・・なんだ・・・・


カタカタかたがたがたがたがたがたがたがあたがたがたがた


キャベ:地震だ!!!!地震だ!!!



私は、直ぐにスピーカーの電源を落として、まだ地震に気づいていない

友人に叫んだ・・・



「地震!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


友人は、動きを止めて地震を確認した・・・



ヤバイ・・・

ちょっと・・・

これは・・・いつもの地震と違う・・・


どうしよう・・・

どうしよう・・・

どうしよう・・・



私と友人はとりあえず部屋から出た。


すると、ばあちゃんが廊下に出て不安そうにしていた・・・

足元はあと3~5歩ほどで下り階段・・・

階段のすぐそこにパイプ椅子がズラリと整頓されている・・・



私は、パイプ椅子を足で押さえた。



「キャベツちゃんどうしよう~!!!」

友人から問われた・・・・



どどどど・・・どうしようって言われたって・・・

私だってこんなんわからんよ~・・・


そんな事を思っていた・・・



そうこうしている中でも、地震は容赦なく揺れ続ける

立っていられない・・・。


どうしよう・・・



ふっと、カラオケ教室を見てみるとばあちゃん達がパイプ机にしがみついて

立っていた・・・。



私は、ばあちゃん達に


「机の下に潜って!!!!」


そう叫んだ・・・


確かに


そう叫んだ・・・



なのに・・・


2人のばあちゃんは、階段を下って行った・・・・



キャベ:「危ないから!!!階段は降りないで!!!」



2人のばあちゃんには、私の声は届かなかった・・・。



残されたばあちゃん達と私達


絶対に生き残らないと!!!!



私は机まで走って潜り込んだ。


ばあちゃん達には


「お前・・・それは、やりすぎだろ・・・」


的な空気は流れていたけど、どんどん揺れが強くなっていく

につれて立っていられなくなったばあちゃん達もやっと

机に潜ってくれた・・・。



ニュージーランドの地震の映像がこれでもか!!!

って位に頭の中でリプレイされた・・・。


怖い・・・


怖い・・・


死にたくない・・・



「大丈夫だからね!!!」


確信の無い言葉を私は皆に言った・・・

いや・・・

私は、私自身に言っていた・・・。



どの位揺れれば気が済むのだろうか・・・

全く治まろうとしない地震に怒りさえ覚えた・・・



お願い・・・

早く・・・終わって・・・



揺れが弱くなって私は机から飛び出た・・・


外は?外はどうなっているのだろう?


「まだ余震が来るからここに居た方が良いよ」


友人が言う・・・




いや・・・違う・・・

確か、次の余震までに60秒~100秒は掛かるはず・・・


っという、どこからか得た浅はかな知識が頭を掛けめぐった・・・



外では既に救急車、消防車の音が鳴り響いている・・・。



私の判断が正しいのか正しく無いのか分からないけど、

私は皆に逃げる事を提案した。



そこから、私達は必要な物だけを手に持ち外に建物の外へ

非難した。




外に出ると、空は暗く、横なぐりの雪が吹雪いていた・・・。




旦那君!!!!!!!!




私は直ぐに旦那君に連絡をしようとした。

だけど・・・ありえない程の心臓の鼓動が手に伝わって

手が震えて携帯のボタンすら押せない・・・。



やっとの思いで旦那君に連絡をするものの全く通じない・・・


嫌だ・・・

どうしよう・・・

お願い・・・


何度も何度も何度も震える手にむちを打ちながら電話をした・・・




「旦那君とこのまま会えなかったら・・・最後に話した事って何だったけ?」

「旦那君と最後に一緒に食べたご飯って何だったけ?」



最悪な事すら頭によぎっていた・・・



「キャベツちゃん!今は電話通じないよ!」


友人は言う・・・



分かってる・・・

そんな事分かってるよ・・・

だけど、何かのタイミングで繋がるかもしれない・・・



私は友人の言葉を無視して、電話を掛け捲った・・・



何度かけただろう・・・



今にも心が折れそうなとき・・・



「震源地ってどこ?!」



情報が全く無かった私は、この時とっさに

「関東大震災」

だと思いこんだ・・・。



お母さん!!お父さん!!お兄ちゃん!!!



直ぐに母に連絡をする・・・


繋がらない・・・



どうしよう・・・

どうしよう・・・



あの時の返事まだお母さんに返して無いよ・・・


「地震大丈夫だよ!心配しないでね!」


それだけで良かったのに・・・

面倒ってだけで、私はお母さんに連絡を返していないことを

凄く悔やんだ・・・



お願い・・・


皆無事でいて・・・





そんな中、

メールが届いた・・・。



「電話が繋がりません。心配しています。無事ですか?」



旦那からのメールだった・・・。



俄然、心が強くなった・・・


旦那君は生きている。

大丈夫!!!

私は頑張れる!!!


私はメールを返した


「大丈夫です」



私は車に乗り、家に帰る事にした。


塀が崩れる家を見ては、事の重大さを痛感した・・・。


家の駐車場についても、余震が怖くてなかなか部屋に入れずにいた・・・。



だけど、私には目の前のもっと重要な事があった・・・。

この寒風の中、私は練習着のままで、ランニング姿だった・・・


着替えないと・・・逃げるにも逃げれない・・・



意を決して車から降りて、玄関を開けた・・・・



足の踏み場が無い・・・。

玄関周りを片付けないと部屋には入れなかった・・・



私は、ランニング姿で玄関を片付け、足場の確保をして部屋に入った・・・

食器が割れ、トースター、炊飯器が棚から落ちていた・・・



テレビをつけると・・・


「津波に注意してください!!」


映像と言葉が流れていた・・・。



え?!

震源地が東北???


そんな驚きと、テレビに映し出される現実・・・


余震の中、どうにか着替えを済ませ、とりあえずの物を詰め込んだ・・・

そんな中・・・


ベランダの方で小さい黒い影が幾度かみきれた・・・


え?!


何?!


凄く怖いけど、今の状況より怖いものは無いという確信があって

私はベランダの方で見切れる黒い影を確認した・・・



「犬」


どう見ても、室内犬・・・


どうやって逃げたのか分からないけど、3匹のワンちゃんが逃げまどっていた・・・


保護しようと手を差し伸べても、向こうも必死・・・

全然私に近寄ろうともしない・・・



そんな中、携帯から緊急地震速報が鳴り響く・・・


私は部屋から飛び出て、駐車場に非難した・・・。


非難しても、情報が全く入らない・・・


部屋に戻り、テレビを見る。

津波の映像・・・

私は、その現実を見る事が出来なくなって

部屋を出た・・・。



ブランケットに包まり、近くのベンチに座った。


ところどころに集団が出来ていて皆非難していた・・・。



ずっと外で非難していたかったけど、この日は本当に寒かった・・・。

寒さに負けて、私は部屋に戻った・・・。


緊急地震速報が携帯からテレビから流れるたびに、外に非難した。


怖くて、部屋の中でも靴を履いていた・・・。



アパートの人と言葉を交わした事は無かったけど、皆助けあった・・・。



旦那さんが一人、また一人と戻ってくる中、私はなかなか旦那君と会えずに

いた・・・。


テレビから、旦那君が通っててもおかしくない道で土砂崩れの映像が流れる・・・

もしかしたら・・・土砂崩れに合ったのかも・・・


怖くて仕方なかった・・・


外で聞こえる足音が旦那君であって欲しいと何度も願った・・・



一人じゃ無理だよ・・・

何も出来ない・・・

怖い・・・

怖い・・・


ずっとそんな気持ちとたたっかていた・・・。



何人もの足音を旦那君だと信じて、玄関をあける音がしないとガックリした・・・

そんな気持ちにも慣れ、だんだん期待しなくなった・・・



そんな時に、旦那君が部屋に入ってきた!!!!



嬉しすぎて、私は涙も出なかった・・・。



旦那君は、水と食料を買って戻ってきてくれた。


なんて頼もしいんだ・・・

私は

なんて頼りないんだ・・・



そう痛感した・・・。




私達は、幸い親族も皆無事でした。

大地震さえ無ければ、多くの方が悲しみを抱くことはなかったでしょう・・・。

悔しい事に、私は今回の大地震から多くの事を学びました・・・。

私は、上手な事はいえないけど・・・


これからは、もっと素直に正直に生きて行こうと思います。































鳥に行く先を尋ねたら~♪

飛べるところまでと答えた~♪


この歌知ってます?

何年か前にブラウン管から流れた・・・何かのCMソング・・・

旦那君は全く知らないそうです・・・・


緑のかなたで深呼吸~♪


って続きもキャベツ知ってたりしまつ・・・。




あい

2011年!!!

気が付けば1月も去り・・・

2月ですね!!!


今年も、やぶからスティックにブログの更新に来ちゃいましたYO



2010年・・・今思い起こせば色々とありました・・・。


2011年・・・今年こそは何かを起こす!!!



キャベツだって持ってるんだぜ!!!




はい・・・

持ってました・・・。


「腸炎」



1月の三連休の直前・・・。

腸炎になりました・・・



あれは・・・

ヤバイ・・・


本当に・・・

あの・・・

腹の痛さったら・・・

尋常じゃないてばっ・・・



29年間生きてきて、人生初ですよ・・・

トイレを奪い合ったのは・・・



トイレの神様に何度お願いした事か・・・

「綺麗にするから・・・

お掃除ちゃんとするから・・・

お願いします・・・

この・・・

この・・・

腹痛をどうにかぁぁ・・・」



トイレには~♪

それはそれは~♪




そんな願いも通じる事なく・・・

病院送りのキャベツ・・・


医者様に問診・・・

キャベ:「賞味期限切れの納豆を食べたからお腹壊したかと思って・・・

正露○を飲みました・・・」


お医者:「ほう・・・正露○を・・・」


キャベ:「あい・・・そしたら・・・一時治ったんです!!!」


お医者:「ほう・・・では・・・そちらに仰向けになって下さい」


キャベ:仰向けに横たわる


お医者:お腹をポンポン叩きだす・・・


お医者:「左を押して痛みますか?」


キャベ:「・・・くくく・・・くしゅぎゅったいでず・・・(笑いを堪えきれない)」


お医者:失笑・・・・


お医者:「右は痛いですか?」


キャベ:「痛いです・・・」


お医者:「盲腸は・・・?」



キャベ:「小学校の頃・・・盲腸を薬で散らしています・・・」


お医者様:「はい・・・良いですよ~」



お医者様はカルテを書きながら言った・・・

「今、流行っている腸炎ですね・・・」


キャベツは続ける・・・

「も・・・ももももも・・・盲腸は?あの・・・右・・・痛かったのですが・・・」


お医者さんは言う

「今回の右の痛みは盲腸とは関係ありませんよ」


キャベツはどうしても右腹の痛みが気になって仕方がない・・・

「あの・・・じゃ~右の痛みは・・・盲腸では無いんですね?」


お医者さんは言う

「はい、大丈夫ですよ」


キャベはそれでも右腹の痛みが盲腸なのでは?

っと不安に思って・・・

もう一度聞こうとしたけど・・・


お医者さんの・・・

もう、それ以上は聞くな的なオーラに負けて


「ありがとうござました・・・」


田村正○なみの発音「まさにガス」

でお礼を言い渡して

診察室を出た・・・。



それから、薬を飲んでも急激な回復には至らず・・・

完治するまでに4日は掛かりました・・・。



腸炎の予防は、まず手洗いだそうです!!!



腸炎になってから、キャベツは驚く程に手洗いをしています!!!




三連休、予定が立たず何もしなかったと嘆いている貴方!!!

大丈夫!!!

三連休、腸炎で外に出れなかった女がこの日本に必ずいます!!!

そう!!!

それこそが

キャベツだ!!!



 -完-