今日は、5月11日です。
あの大震災から2ヶ月が経ちました。
あの日から2ヶ月・・・
私達は何を思い、何を感じ、何をして一日一日を
過ごしただろう・・・。
私は、3月11日震度6弱を体験しました。
幸い、ライフラインは水だけが使えない状況だったので
電気、ガスが使える私達は凄く恵まれていました。
度々続く地震、原発の爆発・・・
3月13日の夜中
虫の知らせだったのか、大地震前日にガソリン満タンに
していて、十分に車を動かせた為、
私達は一般道で何時間も掛け実家へ一旦非難しました。
車を走らせれば走らせる程、地震の影響がない町並みに
、意識が付いていけなくなりました・・・。
今来た道を戻れば、被災地・・・
このまま前に進めば、何不自由のない土地がある・・・。
途中によったコンビにでは、ツーリングの若者、
お洒落をしたカップル・・・
私達が後にした地域で暮らす友人は何をしているだろう・・・
非難している事さえ自己嫌悪の塊になりました。
お洒落をしたカップルが私の隣に立った時・・・
着の身着のままで逃げてきた自分の格好にでさえ
恥ずかしさを抱いてしまったのが正直な気持ちでした・・・。
被災地から何百キロと離れた地元周辺で、
水、米、パン、乾麺などの食料がスーパーから
消え・・・
トイレットペーパー、ティッシュなど生活用品が
ドラックストアーから消えました・・・。
ガソリンも入手困難となり、交通手段さえ経たれました・・・。
又、何百キロと離れた地域からも大気中の放射線濃度が上がり・・・
水道水から放射線が見つかり・・・
野菜、牛乳など規制が掛かりました・・・。
そういった日々の中、
旦那君は、一人仕事に戻るため、帰っていきました・・・。
私も一緒について行きたかったけど、旦那君の仕事の帰りは遅く、また
宿泊も多い為、私がついていくと返って心配が増えるだけとの事と・・
何よりも母親が猛反対していた為、私だけ実家に残る事になりました・・・。
実家に戻っているものの、地震の恐怖心が消えず、寝るときでさえジーパン
を着用していました・・・。
週末には旦那君が会いに来てくれました。
私は、地震が怖くて外に出る事がなくなっていました。
そんな状況を察して、
旦那君が街に出ることを提案しました・・・。
正直気乗りはしなかったし、
電車に本当に乗りたくなかったけど、
私自身このままでは家から出られなくなるのでは?
という不安もあり、勇気を出して街に出ました・・・。
だけど・・・
お洒落なんて出来なくて、いつどこでなにが起こるか分からない
状況に対応できる様、バックには水・お菓子・電池などを詰めて
そして、格好もデートなんていう事を一切無視しきった格好で
出かけました・・・
電車では、ヒールを履いている人、ミニスカートの人・・・
私は目玉が飛び出るんじゃないか?ってくらい驚いてしまった事を
思いだします・・・。
この時、大震災から1週間しか絶っていませんでした・・・。
今・・・大地震があったら?!
皆・・・どうするんだろう・・・・。
そんな事を思いながら常に生活していました。
3月11日から1ヶ月が経った頃、
余震もだいぶ少なくなり、一度家に戻る事に決めました。
4月10日
旦那君と一緒に帰り、部屋の片付けを済ませ、
1週間くらいはここで生活しようと思っていました・・・
4月11日
来客があり、話していたら地響きが始まりました・・・
?
地震っていっても震度3くらいだろうっと高をくくっていたら
がたがたがたがたあたがたがたがたがたがたが
まさかの・・・
震度6弱
私は、あまりの恐怖に・・・
そして、
まだ大地震がくるこの自然が憎くなって
泣きながら避難しました・・・。
そして、
4月12日
私は、震災以来始めて開通した新幹線の始発に乗り込み
再度、実家に避難しました・・・。
なので・・・
私の中では「11日」っという日は、大地震という概念が
根強く付いてしまい・・・
今日という5月11日も不安で仕方ありません・・・。
正直なところ、5月10日(昨日)就寝前に、避難グッツを見直し
必要な物など詰め直して就寝しました・・・。
今朝4時頃でしょうか・・・
携帯から「緊急地震速報」が流れました・・・。
怖さのあまり、何も出来なくてベットの脇を握りしめてました・・・。
即効で、旦那君にメールをしたけど・・・
睡眠時の旦那君は震度3程度では起きない熟睡者の持ち主・・・。
メールに気づくわけもなく・・・
私は、大地震がきたときのイメトレをはじめました。
幸い、揺れは小さかったのですが、
これからに備えて、
髪の毛を洗おうか?メイクをしようか?
散々考えぬいた挙句、
逃げるにも睡眠を取っておかないと逃げれない!!!
という、過去の体験から睡眠を取ることに・・・
何分?何時間後?
寝ぼけていて覚えていないのですが・・・
また、
携帯から「緊急地震速報」が流れました・・・
即効旦那君にメールをして、返事が帰ってこない
流れは全く一緒・・・
それから、私は再度眠りについたようでした・・・
そして・・・
メールに気づいて電話をくれた旦那君からの電話で
起床しました・・・。
まだまだ、小さな余震は頻繁に続いていて・・・
多きな余震にも気が抜けません・・。
でも・・・
あの大震災から、2ヶ月が経過した事は紛れのない真実です・・・。
「時間が解決してくれる・・・」
そんな慰めの言葉がありますが・・・
あの大震災から時間だけが経過し、3月11日のまま取り残されて
いるような気がするのは・・・私だけでしょうか・・・?
大震災から2ヶ月・・・。
被災された地域の皆様に対し、心からお見舞い申し上げます。
あの大震災から2ヶ月が経ちました。
あの日から2ヶ月・・・
私達は何を思い、何を感じ、何をして一日一日を
過ごしただろう・・・。
私は、3月11日震度6弱を体験しました。
幸い、ライフラインは水だけが使えない状況だったので
電気、ガスが使える私達は凄く恵まれていました。
度々続く地震、原発の爆発・・・
3月13日の夜中
虫の知らせだったのか、大地震前日にガソリン満タンに
していて、十分に車を動かせた為、
私達は一般道で何時間も掛け実家へ一旦非難しました。
車を走らせれば走らせる程、地震の影響がない町並みに
、意識が付いていけなくなりました・・・。
今来た道を戻れば、被災地・・・
このまま前に進めば、何不自由のない土地がある・・・。
途中によったコンビにでは、ツーリングの若者、
お洒落をしたカップル・・・
私達が後にした地域で暮らす友人は何をしているだろう・・・
非難している事さえ自己嫌悪の塊になりました。
お洒落をしたカップルが私の隣に立った時・・・
着の身着のままで逃げてきた自分の格好にでさえ
恥ずかしさを抱いてしまったのが正直な気持ちでした・・・。
被災地から何百キロと離れた地元周辺で、
水、米、パン、乾麺などの食料がスーパーから
消え・・・
トイレットペーパー、ティッシュなど生活用品が
ドラックストアーから消えました・・・。
ガソリンも入手困難となり、交通手段さえ経たれました・・・。
又、何百キロと離れた地域からも大気中の放射線濃度が上がり・・・
水道水から放射線が見つかり・・・
野菜、牛乳など規制が掛かりました・・・。
そういった日々の中、
旦那君は、一人仕事に戻るため、帰っていきました・・・。
私も一緒について行きたかったけど、旦那君の仕事の帰りは遅く、また
宿泊も多い為、私がついていくと返って心配が増えるだけとの事と・・
何よりも母親が猛反対していた為、私だけ実家に残る事になりました・・・。
実家に戻っているものの、地震の恐怖心が消えず、寝るときでさえジーパン
を着用していました・・・。
週末には旦那君が会いに来てくれました。
私は、地震が怖くて外に出る事がなくなっていました。
そんな状況を察して、
旦那君が街に出ることを提案しました・・・。
正直気乗りはしなかったし、
電車に本当に乗りたくなかったけど、
私自身このままでは家から出られなくなるのでは?
という不安もあり、勇気を出して街に出ました・・・。
だけど・・・
お洒落なんて出来なくて、いつどこでなにが起こるか分からない
状況に対応できる様、バックには水・お菓子・電池などを詰めて
そして、格好もデートなんていう事を一切無視しきった格好で
出かけました・・・
電車では、ヒールを履いている人、ミニスカートの人・・・
私は目玉が飛び出るんじゃないか?ってくらい驚いてしまった事を
思いだします・・・。
この時、大震災から1週間しか絶っていませんでした・・・。
今・・・大地震があったら?!
皆・・・どうするんだろう・・・・。
そんな事を思いながら常に生活していました。
3月11日から1ヶ月が経った頃、
余震もだいぶ少なくなり、一度家に戻る事に決めました。
4月10日
旦那君と一緒に帰り、部屋の片付けを済ませ、
1週間くらいはここで生活しようと思っていました・・・
4月11日
来客があり、話していたら地響きが始まりました・・・
?
地震っていっても震度3くらいだろうっと高をくくっていたら
がたがたがたがたあたがたがたがたがたがたが
まさかの・・・
震度6弱
私は、あまりの恐怖に・・・
そして、
まだ大地震がくるこの自然が憎くなって
泣きながら避難しました・・・。
そして、
4月12日
私は、震災以来始めて開通した新幹線の始発に乗り込み
再度、実家に避難しました・・・。
なので・・・
私の中では「11日」っという日は、大地震という概念が
根強く付いてしまい・・・
今日という5月11日も不安で仕方ありません・・・。
正直なところ、5月10日(昨日)就寝前に、避難グッツを見直し
必要な物など詰め直して就寝しました・・・。
今朝4時頃でしょうか・・・
携帯から「緊急地震速報」が流れました・・・。
怖さのあまり、何も出来なくてベットの脇を握りしめてました・・・。
即効で、旦那君にメールをしたけど・・・
睡眠時の旦那君は震度3程度では起きない熟睡者の持ち主・・・。
メールに気づくわけもなく・・・
私は、大地震がきたときのイメトレをはじめました。
幸い、揺れは小さかったのですが、
これからに備えて、
髪の毛を洗おうか?メイクをしようか?
散々考えぬいた挙句、
逃げるにも睡眠を取っておかないと逃げれない!!!
という、過去の体験から睡眠を取ることに・・・
何分?何時間後?
寝ぼけていて覚えていないのですが・・・
また、
携帯から「緊急地震速報」が流れました・・・
即効旦那君にメールをして、返事が帰ってこない
流れは全く一緒・・・
それから、私は再度眠りについたようでした・・・
そして・・・
メールに気づいて電話をくれた旦那君からの電話で
起床しました・・・。
まだまだ、小さな余震は頻繁に続いていて・・・
多きな余震にも気が抜けません・・。
でも・・・
あの大震災から、2ヶ月が経過した事は紛れのない真実です・・・。
「時間が解決してくれる・・・」
そんな慰めの言葉がありますが・・・
あの大震災から時間だけが経過し、3月11日のまま取り残されて
いるような気がするのは・・・私だけでしょうか・・・?
大震災から2ヶ月・・・。
被災された地域の皆様に対し、心からお見舞い申し上げます。