フジテレビ「スタメン」を見ていたら、余命3ヵ月を告げられたIT社長・藤田憲一さんが、絶望の中から自分の命にふたたび希望を見いだし、今できることに集中し取り組んでいる姿が流れてきた。

私の父もガンだった。
看病していた時に感じたのは、自然治癒力とか免疫力とかは、西洋医学だけでは限界があるということ。五木寛之の『気の発見』は、気功家・望月勇氏との対談本。ガン治療をはじめ、それってホント?と思ってしまう不思議な現象が、「気」で起こっているらしい。

じつは、私自身「レイキ」というヒーリングのすごさを実感している。アメリカや欧州では、医療の現場でも認められている療法なのだそうだ。
日本ホリスティックレイキ協会
レイキの現在

こういった代替医療は、人によっては受け入れないこともあるだろうが、自分の命を生きることをメッセージしている藤田さんへぜひお知らせしたいという思いから、藤田さんのブログへトラックバックさせていただきます。
病気とたたかう社長のblog

西洋医学、代替医療、と区別することなく、ガン治療のいろんな方法の集積をしていただけると、とてもありがたいです。そして皆の知恵と経験が、良くなる方向へ導いてくれることを祈ります。
『田口ランディのアメーバ的日常』/「祈りの詩が書けない」を読んで
http://blog.ameba.jp/randy/archives/000576.html

言葉にした瞬間から、なんだか嘘っぽくなってしまう感覚。それが大切なことであればあるほど。そう、そうなんだ。

私がランディさんを好きなのは、こういうことをキレイ事で済ませないから。自分の中をしっかりと見ているから。自分をより大きく見せようとしないから。いい人ぶらないから。
『田口ランディのアメーバ的日常』/「どうしても眠れない」を読んで
http://blog.ameba.jp/randy/archives/000123.html

ぐっすり眠るコツ。私のキーワードは、安心感です。

寒い時にはなかなか眠れません。足先がすーすーしていると、なかなか眠りに落ちないのです。そんな時には、肌触りが良くてゴムのゆるい靴下を履くと、なぜだか安心して、いつの間にか眠ってしまっています。私の母は、入院中、いつも足の裏を揉んで欲しいとねだりました。そうするとよく眠れるのだそうです。安心の神様は、足元にいるのだと思っています。

ランディさんも書いていらっしゃるように、好きな人と一緒に横になっていると、すぐに寝てしまいます。これも多分安心感からなのだと思います。一人の時には鋭敏になる防衛本能が、親しい人と一緒にいることで緩むのではないでしょうか。

眠れない時には、アゴに力が入っていることが多いそうです。いわゆる緊張状態ですね。休みたいのに、知らず知らずのうちに心の方は休めていない。そんな時は、まず体をリラックス状態にすると良いそうです。歯のかみ合わせをゆるめるだけで眠れるようになる人もいるのだとか。

どうしてもどうしても眠れない時、私はタイガーバームを肩と眠りのツボに塗ります。刺激と香りに沈静効果があるようで、これで眠れなかったことはまだありません。

『田口ランディのアメーバ的日常』/「四角い頭を丸くする」を読んで
http://blog.ameba.jp/randy/archives/000038.html

このエントリを読んだ時、私はアンドルー・ワイル著『癒す心、治る力』を思い出していました。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4042777015/qid=1096876019/sr=1-1/ref=sr_1_10_1/249-8274212-5423508

頭蓋骨のゆがみを調整することで心身の不調を正す「オステオパシー」なるものを知るきっかけになった本です。現在の体の不調の原因は、数年から数十年も前に頭蓋骨に受けた衝撃だといわれたら? にわかには信じられないと思ったものでした。

しかし、その発祥地アメリカはもちろんヨーロッパでも、オステオパシー医は、いわゆる私たちが普段お世話になっている西洋医学医と同等に認められ、多くの人に利用されているのだそうです。注射を何本も打たれたり、いろんな機械で体をゴソゴソやられるより、頭をグリグリされたり(実際には触る程度だそう)、白い粉(レメディ)を舐める方がずっといいなと、私も思います。

一番最初に頭蓋骨に衝撃が加わるのは、生まれてくる時。生まれた直後の頭はやわらかく、またそれだけ元の形に整えることも容易なのだそう。日本の産科で新生児にオステオパシーを施術する。それが、人生における予防医学の第一歩に。これからの医療を予感させます。
『田口ランディのアメーバ的日常』/「石と話すには」を読んで
http://blog.ameba.jp/randy/archives/000027.html

実は、うちにも話す石がありました。しかも2個。霊能者というか、彼方とコンタクトできる方が「この石、しゃべっているよ」と。そして、別の日に来た別の方も「この石、話すね」というではないですか。

もちろん、私には何も聞こえません。しかし、知らない同士のお二方が、別々の日に、同じ石を指差して、同じことをおっしゃる。これはもう、石が話していると信じるしかありません。帰納法。

お二方のお見立てでは、話す石を敷地内に置いておくのは良くない、とのこと。あるべき場所、というのがあるのだそうです。今は、近くの神社の森の草陰で話しているはず。何万年、もしかすると何億年もの時を旅してきただろう石たちは、誰に向かって、何を語りたいんだろう、と時々思い出します。