待ち合わせ(残念ながらデートではありません)まで時間があったので、銀座四丁目の交差点をささっとスケッチしました。

右が三越百貨店、左が和光(服部時計店)。←どうしても90度回転できません

全面空白の新潮文庫(マイブック)に、ペン(uniリブ、水性・顔料/耐水性・毛筆タッチ)。

@コーヒーショップの2階席から窓ガラス越しに。

 

そろそろ次の小説を書くにあたりネタを探していたら、書店で『公募ガイド』の投稿テーマに「窓」が載っていたので、これを拝借することにしました。

というわけで、とりあえず「窓」に関する事柄を思いつくまま片っ端からメモしてみたので、それらをここに披露しておきます。(公募ガイドには投稿しませんので念のため)

 

「窓を開けあけーればー、港が見えるー♪」

かつて淡谷のり子先生が歌ってヒットした名曲の一説。窓を開けなくても港くらいは見えると思いますが。

 

「ま、ま、まど・・・」

名画「麻雀放浪記」のラストシーンで、達人「おっさん」がダブル役満(だったと思う)をつもった瞬間に意識がなくなっていくときに

つぶやいたセリフ。主人公の真田広之が「窓をあけるのかい?」

と言って立ち上がったが、おっさんは雀卓に頭を倒して死んでしまう。ゲーテが死の間際に叫んだ「もっと光を」みたいなもんですかね。

 

「窓辺に花をかざりましょ♪」

松田聖子の歌の一節(曲名は思いだせない)。大の聖子ちゃんファンなので、なんとなく思いつきました。

 

「心の窓」

文字通り。

 

「窓明かり」

窓に差し込む光、窓から漏れるヒカリ。

 

「裏窓」

ヒッチコック監督の名作映画。窓から見える人を覗くのは人間の本能でしょう。かつての人気テレビドラマ「フレンズ」にも隣に住む変態男をみんなで覗くシーンがよくでてきました。

 

「小説家をみつけたら」

ショーン・コネリー名演の映画。ヒキコモリの小説家が窓だけを通じて外界と接します(おススメの作品なので是非観てほしい)

 

「社会の窓」

これを知る人は年齢がバレるかも。男子のズボンのチャックが開いている様を揶揄する隠語。子供のころ「イエーっ、しゃかいのまーどー」と友達を茶化したものです。恥部が世間とつながる高度な表現ですが、子供はその意図を知るよしもなく。

 

というわけで、「窓」から連想する事柄を思いつくままに列挙しましたが、どれが小説に生かされるのか(あるいは、どれも使われないのか)は、未定です。

モニカ・ベルッチの情事 [DVD]

 

「イタリアの至宝」と呼ばれたモデル&女優のモニカ・ベルッチ。

その処女作「モニカ・ベルッチの情事」を観ました。

とにかく美人です。憂いのある表情、大胆の脱ぎっぷり、モデル出身だけに自分の見せ方を心得ています。彼女を見ているだけで目の保養になって2度繰り返して観てしまいました。

映画としても悪くない。美女には下心満載の男たちがあの手この手で近寄ってくる。未亡人になって経済的に追い込まれたモニカは、女の魅力を武器に最大限利用してそんな男たちから大金を集めようと妙案を思いつくが、卑劣な男たちに出会う旅に傷ついていく。イタリアらしい分かりやすいストーリーです。

ところが、です。みなさんのレビューは酷評ばかり。そんなに悪くいわなくてもいいのに、と言いたくなるものばかりです。

映画の楽しみかたは、いろいろです。主人公に惚れ込んだら、誰がなんと言おうと、アカデミー賞とはほど遠くても、素晴らしい作品です。

ちなみに、どんな作品でも必ず観たい俳優は、沢尻エリカ、広瀬すず、綾野剛、小栗旬、トム・クルーズなどです。まぁ、面食いと言われれば、それまでですがね(笑)

 

 
 

東京ミッドタウン日比谷に初めてで向いたら、生誕70年のミッキーマウスと米国版公開中のゴジラに出会いました。

なにか良い事あるかしらん。

画像の回転て、どうやるの? だれか教えてー

 

昨年度オスカー受賞作(作品賞と脚本賞)の「スポットライト」をWOWOWで観ました。
 

洗練された美しい映像と軽やかな音楽。
ですが、扱うテーマは強烈な悪臭を放った史実です。カトリック教会が組織ぐるみで幼児虐待を黙認していたというもの。
ボストン・クロニクルという地方新聞の取材班がスクープするまでの物語を淡々と描きます。

 

そこには、危険と立ち向かう熱血記者や、わめき散らす鬼編集長や、巨悪に立ち向かう新聞報道といった雰囲気はまったくありません。役者はみな穏やかで思慮深い。

テーマと映像・音響とのギャップが、この作品の魅力です。

 

取材場所に選ぶ応接間やコーヒーショップはファッショナブルで明るい。
膨大な過去の資料は整然と配列されている。
簡潔な編集会議、穏やかで思いやりのある取材、味気ない締め切り間際の原稿執筆。
プロの仕事は感動的なドラマではなく、粛々とした地味な作業の積み重ねです。

 

この作品は「路上のソリスト」を凌ぐと感じたので、やはり興奮して書いてしまいました。

  

 

 立っているのがやっとの突風をかき分けて、その超高層マンションに向かった。

「東京メトロ有楽町線の豊洲駅から徒歩5分」。新聞の折り込みチラシは、そううたってある。
だが実際には、逆風の圧力を含めて15分かかった。よくあることだが、徒労感が募る。
 

 50階ほど細長くそびえ立つマンションを「タワーマンション」と呼ぶ。
外からは毎日のように見かけるが、さして関心もなかったので中に入ったことは一度もなかった。
ところが豊洲駅の乗降客数が目に見えて膨れ上がっていくのを見て、にわかに興味が湧いてきた。
折しも、居住者のいるタワーマンションの内部を見学できるという新聞チラシが目にとまったこともあり、
早速見物に出かけたのである。

 東京駅に面した豊洲周辺は河川や運河が入り組んでいて、小さな「島」がひしめき合っている。
大きな緑地はほとんどなく、申し訳程度の街路樹が頼りなく点在しているだけだ。
タワーマンションが雨後の竹の子のごとく乱立する様はニューヨークさながらだが、あちらは緑豊かである。
 
 朝は黄金色に、日中は空色に、夕暮れ前は燃えるような橙色に光輝くタワーマンションの群れ。
夜は夜で部屋の照明がまばらに灯り、都心の夜景を見事に演出している。
それもそのはず、外環に柱や壁らしきものは見て取れない。ほとんどがガラスの塊なのである。


 見学するタワーマンションの玄関をくぐってようやく突風から解放されると、
右側にカウンターがあって、制服姿の女性が二人立っている。
彼女らは「コンシェルジェ」と呼ぶそうだ。宅配物の受け渡しや各種案内を主な業務とし、
ホテルのロビーにいるコンシェルジェを模したのだろう。
通常のマンションなら「管理人」といったところか。

 コンシェルジェを通り過ぎると、三階分はある高い吹き抜けをエスカレータで上る。
すると広大なロビーが視界に飛び込んできた。
いかにも高価そうなソファーが贅沢に配置されている。平日の夕方だったせいだろう、
子連れの主婦たちがお喋りに興じている。
ロビーの端には、行き先階層ごとに分かれたエレベーターホールが並んでいる。
ざっと十台以上が稼働しているようだ。目的の47階に送り届けてくれたエレベータは、
音も加速感もなかったが、さすがに降りるときにかすかな耳鳴りを感じた。

 このタワーマンションはおよそ800戸を収容しており、
一つの階には20戸ほどの家がビルの周りを取り囲む格好で並んでいる。
それらの内がに同じ格好で「内廊下」が取り囲んでいて、エレベータホールへと繋がる。
内廊下のさらに内側はビル全体の内側を上下に貫く巨大な吹き抜けになっている。
この内廊下が異様に狭い。大人二人すれ違うのがやっとの幅だから、
曲がり角や玄関先で他人とぶつかる可能性もあるように感じた。
ホテルの通路をさらに狭くしたと想像してもらえば分かり易いだろう。
その危険性ばかりが最後まで気にかかった。

 いよいよ見学する部屋に入る。まず目に飛び込んできたのは、リビングの巨大なガラスだ。
床面から天井、部屋の左から右、すべてが一枚のガラスである。
表には同じようなタワーマンションが点在し、その先は東京湾を臨む。
窓というよりガラスの壁といったほうが正確だろう。
その壁に近寄って足元を見降ろすと、めまいがする。もちろん窓は開かない。
ほかの部屋には小さなバルコニーがあるが、当然のように禁煙だと説明された。

 間取りや眺望は申し分ないし、一見して快適な暮らしを送るにふさわしい設計だが、
全体を通して息が詰まる感覚は終始拭えなかった。

 かくして、ガラス島を体感できたことは有意義だったが、
駅から溢れ出る群衆がタワーマンションに吸い込まれていく様を思い浮かべると、
なぜか背筋が少し寒くなる。

 

 

 

 

ひと月ほど前にヒアシンスの球根を買い求めて育てていましたが、残念ながら枯れて(腐って)しまいました。球根は水分の分量が難しいようです。

そこで今度はほぼメンテナンス・フリーの「オブツーサ」を購入しました。

 

オブツーサはアロエに近い多肉植物(茎や葉に水分を蓄える)で、地面の一か所から肉厚な葉が花弁のように生えます。

 

和名:「雫石(しずくいし)」

科・属:ユリ科(アロエ科)ハオルシア属。

英名・学名:Haworthia obtusa  
原産地:南アフリカ

すくすくと育ちますように。
 
   

 

言わずと知れたSF映画の金字塔。

というか、SFというジャンルを超えた名作です。

たとえば、
主人公の女性が夢のなかで核戦争をリアルにイメージする場面。
子供達が美しい公園で遊んでいるのを見て、危機が迫ることを叫ぶが、
次の瞬間、閃光とともに炎の爆風で、人が焼けて肺になりこなごなに飛び散っていく。骸骨だけがかろうじて残る。

こういうシーンは、並のSF映画ではなかなかお目にかかれません。

いずれは死ぬ人間でも、それがある意思によって予め決定されることの不条理を描いています。そして、死に向かう生の姿に感動を覚えます。

 

恐れ入ります、ジェームズ・キャメロン監督。

 

男女それぞれの失恋の傷跡が、上流階級の社交場を舞台に設定することで、より深く悲しく描かれています。
 

心中に至るまでの登場人物の心模は、おなじみ三島マジックで繊細に表現されていて、読んでいる最中の緊張感は素晴らしい。

 

終わり方も洒落てrます。

ただ、いつもそうですが、三島の文章を読み進めるのは骨がおれるので、★3つとしました。