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恋人たちの影が、せわしなく行交うこの季節、仁科清太郎は憂鬱だった。
クリスマスに恋人がいた試しがないとか、そんな理由ではない。年明けに控える大学受験のせいでもない。
とにかくこの季節に聞こえてくる鈴の音や、年を追う毎に使い古されてゆくクリスマスソング、そして何より、行き交う人々の浮わついた心模様が、大嫌いなのだ。
清太郎は渇いていた。
生まれてから18年、彼は何不自由なく育ってきたが、母親がいないという境遇が、彼の人格形成において致命的な翳りを生じさせていた。
父親は、大学教授という地位と、そして財産を持っている。幼少時には「仁科博士のご子息」というだけで多くの大人たちに特別な目を向けられた。
父の事は嫌いではない。しかし、清太郎と彼の父の親子関係は、癒す事のできない大きな傷を抱えていたのだった。
仁科博士は、妻を心から愛していた。
そして、愛する妻を亡くし、それと引き換えにこの世に現れた清太郎、つまりたった一人の息子を愛する事ができなかった。
この子と引き換えに妻は・・。その心の声は、成長するにつれ、清太郎の心に届いてしまった。生まれ出でた瞬間にすでに与えられていた親子のひずみは、いまさら取り返しようの無い空白の年月を親子にもたらしてしまったのだ。
「何だって、今更帰ってくるというんだ」
ある晩清太郎のマンションに郵便物が届けられた。横文字の消印が押されたその封書は、ドイツからのものだった。中にはクリスマスカードが入っており、差出人には父の名前。
クリスマス・イブは日本で過ごすという。せっかくのイブだから食事でもどうかと。
清太郎が物心ついてからの多くの時間を、父は海外で研究者として費やしてきた。その男が、帰ってくるという。そして、クリスマスだから、と。
冷切った関係なんてどうにもならないのに、クリスマスだから、と。
人々がいっせいに予定調和の愛をささやきあうこの季節が、彼は大嫌いになったのだ。
