現実をありのまま見ることは何故こんなにも難しいのだろう。

家計の収入がいくらなら、月に使える金額の幅は自ずと決まってくる。

なのにどんぶり勘定をして身分にそぐわない買い物をしてしまう。

モデルルームの様な部屋に憧れて自分でもできると思ってしまう。それに必要な努力はしたくないくせに。

断捨離というアイデアに乗せられて必要なものまで捨ててしまい後で後悔。

モデルや俳優の美しさを求めてダイエットしたりエクササイズしたり、オシャレな服に投資したり。

現実は、、、

ありのままを見つめて自分の幸せを見つけていくのがいいね。

その中で工夫しながらできる努力をしたり、楽しんで暮らしていきたい。

完璧なんてないし、完璧なんてどこか歪なものだから。

いつも考えている。
良いお母さんになりたい。素敵な人になりたい。

家をキレイに整えて、手作りのおやつで笑顔で迎えたい。

子どもの心に寄り添いたい。

人の役に立つようなことをしたい。

しかし現実は、、、

落ち込むことが多い。
そもそも多くを求めていないし、誰も期待していないのに、最低限のことすら満足にできていない。

おいしいご飯。
キレイなリビング。
優しいお母さん。

なんて素敵な響きなんだろう。

洗い立てのシーツ。
スッキリとしたワードローブ。
さわやかな洗面所、お風呂。

幸せはそういうもののことをいう。
そこで生活したら子供は健全に育つ。

お母さんの笑顔。
子供の笑顔。

1日の中で考えてとにかく諦めず行動する。

きっとそこに近づいていける。

自分のものさしで色々と測れたら。

もっと人生は楽なのかもしれない。

服装、髪型、子供の習い事。なぜかいつも人の目線で恥ずかしくないように取り繕ったり。

見苦しく思われたくない、少しはオシャレに見られたい、、など。なんだか馬鹿らしい。

自分が納得いく服装、そんなものをわーどろーぶに揃えておけば本当は何を着ても満足なはず。

なのにギッシリ詰まったタンスには着たい服はほとんどない。

人目を気にして買った似合いもしない服。高かったから捨てられない時代遅れの服。

そんなものばかり。

洋服に限らず自分の好きなもの、自分の満足することをしていかないと

お金も時間も無駄になる。

オシャレじゃなくても自分と向き合っていれば幸せにはなれるのかなー。