精神的に不安定だったり、視界が狭まっていると、人はゼロ百思考に陥りやすい。
自分もそんな考え方に傾いてると気づくことがある。
何かが少しうまくいかなかっただけで絶望したり、他の自分の良い点やがんばってきたことも否定したり。
人生がそもそも毎日100点、幸せいっぱいなんてことはないのは、当たり前なのに。
常識で考えれば、、っていうことが通用しなくなってきていたり、、極端を見せるインスタやSNSの世界はそんな考え方を助長するように思う。
親に子供の頃にされた嫌なことが頭から離れず、恨みたくなることもあるけど、感謝してることもたくさんある。親も完璧でない中で必死で仕事、育児してきたんだから。
良い日もあれば悪い日もある。
すべてに理由を付けたり原因を探す必要もない。
でもしっかりと自分の言葉で考えていくことは絶対に大切なこと。
何かの現象を自分が見つめている時、考える時、事実と感情に分けて冷静に物事を捉えていくこと。
例えば子供が宿題をやりたくないとか、やるべきことをやりたくないと怒って不機嫌になっているとする。
それを聞いて自分もイライラしていたりする。これは感情。何故イライラするのか、、子供の問題を自分が不必要に引き受けていたりするから。勉強をしないと将来大変なことになるのではないか?とか、いらん心配。
事実は子供が嫌がって暴れているだけ。
子供が嫌なことを嫌がることは大切なことでもあるんだ。子供には嫌なことを嫌と言う権利がある。
私はこどもに共感できることはして、言うべきことは言う。
親や家族に対しても感情で接していると、勝手な勘違いしたりして、それが自分の心身のパワーを奪っていたりする。
相手のことを思って発言、行動するけど、相手がどう思ってるかとかは考えても無駄なことだ。
良い日もあれば、残念な日もあるのが人生。
男はつらいよで、みつおが寅さんに聞く
おじさん、どうして僕たちは生きてるの?
生きてると一回か2回は、あぁー、生きてて良かったなって思う日があるじゃないか。そんな日のために生きてるんじゃないか?みたいなことを言うシーンがある。大好きなシーン。
色々とうまくできない私、体調に不安がある私、考えすぎる私だって幸せを、感じる日もある。
たんたんと愚直にやるべきことをやれたらいいな!
全く関係のない人間、もしかしたら存在もしていない人間と自分を比べてわざんざ落ち込むんだろう。
朝起きて、朝ごはん作り、洗濯して干して、子供の準備や水筒にお茶やコーヒー入れる。
そんな当たり前の作業も上手くできていない。そこで、ワーママならこんなこと問題なくやったり、前日に準備したり、お弁当まで作ったりしてるんじゃないか?とか、、、専業主婦の自分を卑下しているかのよう。
そんなことして自分を傷つけていないで、今日の嬉しかったことを数えよう。
亀の歩みでもなんとか1日を過ごせたことが大事だよね。
子供の心の元気を感じられることが喜びだよね。
息子が遠足のサンドイッチ弁当がすごく美味しかった!と言ってくれたこと。
子供と一緒に夕方サイクリングして、近くのお店にお味噌を買いに行った。汗をかきながら夕暮れの風を感じる坂道の気持ちよさ。
娘が弾くピアノの調べを聞きながら洗濯物を畳んだ時の優雅さ。
病院の通院の送迎の時に見た父の笑顔。
主人が色々と気を遣ってくれる優しさ。
できないことは多いし、家も散らかってるし、髪の毛も洗えないことも多い。洗濯機も掃除しなくてはいけないのに、できていない。庭の草取りは諦めた。専業主婦なのになぜできないのだろう。
元気もない日も多い。
体調も怠く横になることも多い。
サミシイのかな?
いつも解決策を考えている。
家がキレイなら幸せか。
シミ、皺がなくなれば幸せになれるのか。
痩せてスタイルが良くなったら幸せなのか。
お金がたくさん入って買いたいものを買えれば幸せ?
解決策もないから、今、この時に感謝して今、この時に幸せになる能力を身につける方が早道だなぁ。
だから出来ないことを数えたりせず、知らない誰かと比べたりせず、できたこと、嬉しかったこと、心の元気になることを考えていきたい。
今日はアップルパイを作ろう。
子供と美味しいおやつの時間を楽しみに準備も丁寧にやってみます。
