「ピッカピカに輝くチョコレートを作りたい」(すイエんサー) をケミカルエンジニア的に考察してみた | ナンでもカンでも好奇心!(tomamのブログ)

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硬軟取り混ぜた種々雑多なネタについて書いてみようかと思います。
全くまとまりがないと思うけど、それが自分らしさということで。。。

食べ物@テレビのネタが続きますが・・・。

バレンタインデーまであと少し。
それで、NHK教育の番組『すイエんサー』でこんなネタをやってました。

「お店に並んでいるみたいに高級感たっぷりの、
   ピッカピカに輝くチョコレートを作りた~い!」

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手作りでチョコを作るとき、単純に買ってきたチョコを溶かして型に入れ、冷やして固めるだけでは、お店で買ってきたような輝きがあってかつまろやかなチョコにならない。

どうやったら、そんな高級感のあるチョコが手作りできるのか、そのレシピを伝授していました。


まずは、そのレシピをNHKのサイトから、まるごと引用します。
http://www.nhk.or.jp/suiensaa-blog/n001/108548.html

(引用開始)
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★すイエんサー流 ピッカピカに輝くチョコレートの作り方

①使う分のチョコレート(市販のもの:製菓用ないしはすでにお菓子になっているもの)を細かく刻みボウルに入れる。(※番組ではチョコレートを60g使用)

②刻んだチョコレートの入ったボウルを60℃前後のお湯につけ、完全に溶かす。(ヘラは完全に水気をとってから使用する)

③溶かしたチョコレートの入ったボウルを水につけ、チョコの温度を28℃まで下げる。

④28℃の状態を保ちながらヘラで5分ほどかき混ぜる。(ボウルを水につけたり、はずしたりしながら温度調節する。前後1℃以内で保つ)

⑤ボウルをお湯につけて、チョコの温度を31℃に上げる。

⑥31℃の状態を保ちながら、ヘラで5分ほどかき混ぜる。(お湯につけたり外したりしながら温度調節する。前後1℃以内で保つ。)

⑦型に入れ、冷蔵庫で1時間冷やす。(冷蔵庫で冷やす時間は、冷蔵庫の種類によって多少異なります)

⑧1時間後、冷蔵庫から取り出し、傷をつけないように型から外すと、ピッカピカなチョコの完成!

※ちなみに使用するチョコの種類によって、調節する温度が微妙に異なるので使用するチョコをチェックしてください。(番組ではビターチョコレートを使用しました。)

ビターチョコ  …28℃→31℃

ミルクチョコ  …27℃→30℃

ホワイトチョコ …26℃→29℃

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(引用終わり)

面白いですね。

28℃で5分かき混ぜたあと、31℃で5分かき混ぜる。
この細かく指定され温度の作業で、何が起きているのか、気になります。

で、調べてみました。

その結果、ケミカルエンジニアとしての観点から見て、これは「ココアバターの結晶多系を制御している」操作であるのだと分かりました。面白い。


以下、もう少し詳しく、分かりやすく説明します。

次のようなサイトを参考にしています。
http://www.ne.jp/asahi/chocolate/koyano/PC/dr/s0.html
http://www.ajiwai.com/otoko/make/choc_fr.htm
そして、Wikipedia。


チョコレートは、
・カカオマス(カカオ豆を焙炒、分離、磨砕したもの)
・カカオバター(カカオマスの液体=カカオリカーを圧搾して55%含まれる油脂分を分離したもの)
・砂糖、粉乳
を混合して磨砕し、調温(テンパリング)したものを型に充填して、冷却固化させることによって製造されます。

では、そのカカオバター(ココアバター)とは何なのかというと、油脂=脂肪酸とグリセリンのエステルの混合物ですが、その80%以上を3種類の油脂、

・POP (1,3-dipalmitoyl-2-oleoyl-glycerol) (脂肪酸はパルミチン酸×2、オレイン酸)
・POS(2-oleoyl-stearoylpalmitoylglycerol) (脂肪酸はステアリン酸、パルミチン酸、オレイン酸)
・SOS(1,3-distearoyl-2-oleoylglycerol) (脂肪酸はステアリン酸×2、オレイン酸)

が占めるという特殊なものです(他の油脂はもっとたくさんの種類の混合物)。

油脂には、常温で液体のもの(サラダ油、菜種油など)と常温で固体のもの(バター、ラードなど)があります。カカオバターは常温では固体ですが、口の中の温度程度で融けることが、チョコレートの美味しさの要因となっています。


さて、カカオバターが液体から冷えて固体になるとき、油脂の分子が並んで結晶になるのですが、その結晶の形には6種類あると言われています。これを「結晶多形」と呼びます。(混合物でその組成も厳密に一定ではないので、科学的に明確に言うことはなかなか困難ではないかと思いますが。)

結晶形には、融点の低い方から順に名前がつけられています。
そのうち、IV型が27.5℃、V型が33.8℃、VI型が36.3℃です。

口解けのよい美味しいチョコレートは、このうち、2番目に融点の高いV型の結晶にすることが狙いです。
しかし、熱力学的に最も安定なのはVI型の結晶なので、カカオバターは自然にVI型の結晶になろうとします。

チョコレートの保存が悪いと、表面が白く粉を吹いたような状態となること(ブルーム現象)がありますが、これはカカオバターの結晶がV型からVI型になったことが原因です。このとき、融点が上昇するので口溶けが悪くなり、また結晶の粒径が大きくなることから、光を乱反射して白く見えるとともに、口の中でザラザラした舌ざわりになります。

一旦融けてしまったチョコレートを冷やして固めても美味しくないのも、同様の理由によります。

したがって、チョコレートの製造では、カカオバターをいかにうまくV型として結晶化させるかが鍵になります。


これで、「すイエんサー」で紹介されたレシピの意味が分かってきました。


まず、融けたチョコレートを28℃で5分間かき混ぜます。ここで、V型の結晶が出来始めます。これは「結晶核」と呼ばれます。IV型の結晶核が出来ないよう、その融点より高い28℃にするのだろうと考えます。

このとき、VI型の結晶も一緒に生成してもおかしくないのですが、(というよりいくらかはできているはずですが、)V型の方が速くより多くできるのかもしれません。(専門的には、「速度論」と「平衡論」との違いと解釈されます。)


次いで31℃で5分間かき混ぜます。
温度を上げるのは、V型の結晶だけの成長速度を大きくするためでしょう。結晶が成長するとは、分子が結晶核の周りに次々と並ぶことですが、温度が高いほど分子の動きが活発になるので、結晶成長速度は速くなります。
またこのとき、結晶核の一部が壊れて新たな結晶核になるということも同時に起きていると想像します。

単純に全体を固化させるだけであれば温度を下げたらいいのですが、ここでは液体状態の中でV型の結晶核だけを選択的により速く成長させるため、一旦温度を上げるという一見不思議な操作をしていると考えます。

しかし、ここで33.8℃以上にしてしまうと、V型の結晶核は融けてしまって元も子もないので、操作の振れを考慮して31℃を設定しているのでしょう。

こうして十分な数・量のV型の結晶核ができたら、あとは一気に冷やしても、この結晶核の周りに分子が並びながら固まるので、全体がV型の結晶になります。


うまく考えられた方法です。
28℃とか31℃とか細かい設定がされたレシピですが、ちゃんと科学的な意味があることがわかりました。

チョコレート製造者たちは、こんな理屈がわからなくても、美味しいチョコレートを作るために、思考錯誤によってこのような優れた製造方法を見出したのでしょうね。


なお、番組ではさらに、ジャンボなチョコの場合、上のようなレシピだけではうまくピカピカにならないとして、その場合のレシピも説明されていました。

(引用開始)
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★すイエんサー流 ピッカピカに輝くジャンボチョコの作り方

※①~⑤までは「ピッカピカに輝くチョコレート」と作り方は同じ。

※番組ではチョコレートは通常の約5倍(300g)使用しています。

⑥31℃の状態を保ちながら、あらかじめ刻んでおいた少量のチョコ(番組では10g)を入れて完全に溶けるまで混ぜる。(お湯につけたり外したりしながら温度調節する。前後1℃以内で保つ)

(入れるチョコはピッカピカでなくても、購入した元の材料のチョコであれば問題ありません)

⑦型に入れ、冷蔵庫で1時間冷やす。(冷蔵庫で冷やす時間は、冷蔵庫の種類によって多少異なります)

⑧1時間後、冷蔵庫から取り出し、傷をつけないように型から外すと、ピッカピカなジャンボチョコの完成!

ナンでもカンでも好奇心!(tomamのブログ)
(引用終わり)


大きくなるとうまくいかない理由は、V型の結晶核が足りなかったからでしょうか。

ここで、あらかじめ刻んでおいたチョコを混ぜるのは、チョコ自体がV型の結晶をたくさん含んでいるので、外部から結晶核を添加したことになります。

私が製造方法の開発を担当した化学製品で、結晶化(晶析)によって精製を行う場合に、結晶化を促すために「種晶」を添加するプロセスがありました。これと同じことでしょう。


子供向け番組『すイエんサー』でバレンタインのチョコのレシピを紹介した裏には、このような科学的事実が隠されていたのです。


ところで、私は1年ほど前に、当時話題になったトランス脂肪酸について、原子・分子という基礎からできるだけ分かりやすく説明する記事を、シリーズで書くことに挑戦していました。

第1回目は 原子、分子
第2回目は 炭化水素(飽和)
第3回目は 不飽和炭化水素
第4回目は 脂肪酸
第5回目は 油脂

例えばこちら。
トランス脂肪酸 (その5) &花王エコナ

しかし、その後東日本大震災と福島第一原発の事故が起きて、私のブログはその関連記事ばかりになったので、尻切れトンボになっています。

当時は今よりも読者の方もずい分と少なかったこともあり、カカオバターで脂肪酸の話が出てきたのをきっかけに、再掲・再開することを考えてみます。