みなさんご存知のことばかりでしょうか?(汗)
サッカー選手2題、その1。サッカー日本代表、インテル所属の長友佑都選手。
日本男児/長友佑都

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↑この本も売れてるそうですし、6月にめでたく結婚というニュースも流れて絶好調の長友選手(最新情報では左太腿に違和感とか。回復を願います。)について、こんな記事を見つけました。
お母さん思いに、うるっときてしまいました。 …… しかし、お母さん、私と同世代。。。
http://www.news-postseven.com/archives/20110714_25714.html
(引用開始)
イタリア・セリエAの名門、インテル・ミラノに完全移籍したサッカー日本代表の長友佑都選手(24)。世界レベルのサイドバックとして、栄光の中にいる長友選手を、女手ひとつで育てたのが、母・りえさん(49)だ。
地元・愛媛の公立中学のサッカー部に入部した長友選手。中学2年生になるとサッカー部はどんどん強くなり、3年生のときには県大会で3位にはいるまでになった。そして迎えた高校進学。長友選手はサッカー選手として本気で「上を目指したい」と思うようになっていた。憧れていたのは全国でも屈指の強豪、福岡県の東福岡高校。サッカーが強いだけでなく、進学校としても有名だった。しかし、県外の私立高校に行くことになれば相当なお金がかかる。長友選手はなかなか「東福岡に行きたい」と口に出すことができなかった。
しかし、りえさんは、長友選手が「東福岡に行きたい」と切り出すのをずっと待っていた。ある日、長友選手がおそるおそる話をすると、りえさんはこういったという。
「あんたから『行きたい』というてくれるのをずっと待っとった。お金のことなんか心配する必要ないから」
親戚からは「そんなお金どこにあるの」「プロになるわけでもないのに」と猛反対を受けた。それでも、りえさんは覚悟を固めていた。
「大学も地元ではなく東京に行かせたい。そのためには長友家の姉・兄・長友の3人で3000万円はかかる。奨学金や教育ローンをめいっぱい借りました」
そして自らに3000万円の生命保険をかけた。
「私にもしものことがあったときに、子供たちに負担がかかってはいけない。奨学金の返済が大変になったときには、自ら死んでその保険金で支払うようにしようとも考えていました」
生命保険にはいったことは、もちろん子供たちには秘密にしていた。それでも、長友選手は母の“覚悟”を感じ取っていたようだ。東福岡高校の入学式を見届けて愛媛に戻ってきたとき、りえさんは無事到着を知らせるために送ったメールに、こんなひとことを添えた。
<いままで母親らしいことは何もしてやれなかったけど、がんばってね>
すると、長友選手からこんな返信が届いたという。
<僕は母さんがいてくれるだけでよかった。ほしいものも買わず、したいことも我慢して、一生懸命僕を育ててくれてありがとう>
読みながら、涙が止まらなくなった。
「布団にはいってからも、その言葉を思い出しては泣きました。私は間違ってなかったと…。親が一生懸命仕事をし、生きている姿を見せることが、いちばんの子育て。そう確信できた瞬間でした」
※女性セブン2011年7月28日号
(引用終わり)
サッカー選手2題、その2。なでしこJAPAN 鮫島彩選手。
彼女を特集した番組がYouTubeにありました。
佐々木則夫監督が「うちのビジュアル担当の鮫島をよろしく」と記者団に述べたと言われる鮫島(さめしま)選手。
震災まで東京電力福島第一原発で一般事務員として働いていて、今回の事故で悩み、そして大きく運命を変えられました。