今日は父親のお母さん、私のおばあちゃんが亡くなりました。15時くらいにゲオでDVDとゲームを買っていたら、おばさんから電話がきました。
おばあちゃん今日亡くなったんだって、明日葬式やるんだってよ、17時に納棺だって。
今日亡くなったのに明日葬式なんて急だなって思いました。
おばさんに17時に納棺だけどお前行くか?これはゆっか(母)に言うべきか今考えてる、とりあえず母の判断を仰ごうとのことでした。
もちろん私は行きたいと答えました。

おばさんが何故おばあちゃんが亡くなったことを母に言うべきか悩んでる理由は、母と父が10年くらい前に離婚をしているのと、母は身近な人が死ぬとどこか頭のネジが取れたように何もできなくなり赤ちゃんの様になってしまうからです。
母のこの症状は昔からのようで、母方のひいばあちゃん、おばあちゃんが亡くなった時もこの症状がでました。

そして今年の夏8月4日に母のお父さんが亡くなりました。私のおじいちゃんです。数日前におじいちゃん、そんなに長くないと言われていたので私は東京から地元へ帰っていました。亡くなる二日前におじいちゃんの顔を見に行きました。もう言葉は話せなくて本当におじいちゃんなのかなって疑ってしまうくらい痩せ細っていました。
何も声をかけられませんでした。東京土産のお饅頭を机の上に3個ほど置いて帰りました。
おじいちゃんが亡くなっていよいよ火葬だという時に突然、母の様態がおかしくなりました。
会食の時、皆がご飯を食べている中、母は一切箸をつけず黙って私をみていました。
私は食べなよ、と母に言いましたが母は私を黙ってみるだけでした。
私はそんな母をみて大勢の前で泣いてしまいました。すごく恥ずかしかったからです。今はおじいちゃんの事だけを考えていたいのにと思いました。正直またか、もう疲れたよ。と思いました。

私が東京へ帰る日も母はずっと赤ちゃんみたいでした。帰らないでと言わせたけど夜行バスに乗り出発しました。夜行バスでは暗闇の中、朝の新宿に着くまでずっと泣いていました。
東京へ戻ってきたその日の夜、彼氏と会いました。なんだか離れられなくて無理矢理その日は一緒にいてもらいました。彼の地元のラブホテルで寝ている時に母から電話がかかってきました。
母はずっとずっと死ぬ事だけを考えていたんだと思います。この電話がすごく怖かった、もし母が死のうとしたらなんて考えるとほんとに涙がとまりませんでした。怖くて怖くて一週間くらい彼に一緒にいてもらいました。電話の日から2日くらいたった夜、妹から母が自分で自分の体ナイフで刺したと電話がありました。妹は泣いていました。母の心配と咄嗟に思い浮かんだのがまた地元に帰らなければいけないということでした。昔から地元が大嫌いだった。また苦しまなきゃいけないのかって思いました。
だから私はほんとに悪いなと思いながらでも無理矢理彼に一緒に地元に来てもらいました。情けない。こんな時に彼氏を連れてくるなと周りの皆は思ったかもしれないけど1人では無理だったから。ごめんなさい。
母の命は大丈夫だったものの体には縫ったあとがありました。それを見ただけで泣きそうなのに母の体から流れる血を体を刺す行為を見た妹はどれだけ怖かったのだろうと思いました。
暫くは精神病院に入院をしてもらうことにしました。毎日母の顔をみに病院へ行きました。次第に母の様態は良くなってきたけど私はとっても嫌でした。様態がよくなるにつれて周りからはやっぱりあなたがここにいれば安心なのよ。なんて言葉を言われることが多くなってきたから。

もう書けない。