あの笑顔の裏で。
「あなたがしたのと同じ事をすれば あなたがした事を 許せるようになるかもしれない。」妻がずっとそんな気持ちを抱いたまま今まで一緒に暮らしていた事を初めて知り僕は言葉を失った。妻が言っている「僕がした事」の心当たりは確かにあった。しかし、それが表立って問題になったり咎められたりした事は一度も無かった。妻は何も知らないかのようにいつも変わらず優しく笑っていた。あの笑顔の裏で声を出す事もなく苦悩していたなんて。妻のメッセージはさらに続いた。「でも結局何も変わりませんでした。 その気持ちは晴れる事はなく 逆に自分は何をしていたんだろうと 今は余計に切なさを感じています。 私は自分の気持ちを解決するために りえ(娘)も両親も、 みんなを巻き込んでしまいました。 そしてあなたも こんな気持ちを抱えたままの、 しかもあのような事をした私を 受け入れる事は難しいだろうと思います。 できればまた家族で暮らしたかったけど 私にはそれを言う事はできません。 今はただ、この先どうすればいいのか 毎日そればかりを考えています。」妻のメッセージには僕を責める言葉は一つも無かった。その日は何も返信する事ができずに僕は自分がどうしたいのか自問自答を繰り返していた。妻はいつか僕を許してくれるだろうか。前みたいに妻と一緒に笑えるだろうか。本当にこれから何十年も一緒に暮らす事が果たしてできるだろうか。あの男の影が浮かんできたらどうする。そして、僕はまた妻を抱けるのだろうか。朝方までそうやって考えていると、不意にある事に気がついた。僕はただ自分を納得させるために考えるフリをしていただけだった。本当は何も考えなくても最初から答えは一つしか無かった。これからも一緒にいたい。僕はその事を妻に告げるために時間も考えずにすぐLINEを送った。「今度は僕が自分の気持ちを全部話したい。 とにかく一度会って話がしたい。」その翌日待ち合わせの店には僕が先に着いた。そして時間ぴったりに1ヶ月以上会わなかった妻が現れた。少し痩せた妻は思っていたより元気そうに見えた。