自分が間違っていた場合どうする? | プラクティス

自分が間違っていた場合どうする?

自分が間違っていた場合どうする?

ぼっちの

自分が間違っていた場合どうする?

答え、どうしようもない。

何故かって、自分は間違っていると思ってない、のですから。


新年と新年度は、ジムが安売りをするので新規入会者が増えます。

で、我流のトレーニングをちょっとして、ほどなくして居なくなります。


あとはそれの毎年の繰り返し。

で、こういう人達の大問題は、人に聞かない、のです。

逆に言うと、自分が正しい、のです。

やったことない、経験者でもないのに、自分が正しい、のです。

で、それっぽいことをして、効果が出ずに辞める、のです。


で、こういう人達が、ジムの時だけこうだと思いますか?

答えはノーで、どんな時でもこう、なのです。

明確な理由もなく、何となくこう、なのです。

そして、それが間違っている、のです。


どれくらいって、女性がボールを投げるくらい違う、のです。

馬鹿にしてるんじゃなくて、違う、のです。

でも恐ろしいのは、自分は動画で見たような動きをやってると思っている、のです。

正しいと思ってる、のです。

この場合、当人が正しいと思ってるのですから、どうしようもない、のです。



仮に、あなたが書道教室に入って、

一人であなたが思うように自習でやって帰るを繰り返してたら、

一生、字は上手くなりません。


で、これを助長しているのが、(自分達はその劣化教育を施されたゆとり教育を経た)親達です。

これは、偏差値が低いほど、顕著になります。

子供の意思を尊重とか、やりたいことをやれば良いとか、です。

で、これを義務教育の放棄と言います。

要は、書道教室に入って、自分の好きなように書けば良い、を繰り返す、のです。


自分の好きなようにって、人の意見を聞かない、ということなのです。


で、この「自分の好きなように」が間違っていた場合、どうしようもない、のです。

女の子を襲いたいから襲う、女の子に相手にされないから引きこもる、それが好きなこと、やりたいこと、みたいなこと、なのです。

たとえば書道で言うと、人にあれこれ言われたくないから、人に見せない字(褒めてくれる人には見せる字)みたいなのが、出来上がる、のです。


これで言うと、自分がやりたいようにやる、のです。


の耳に念仏で言うと、を育てている、のです。


手段が目的化している、のです。

でも、当人は自分は正しいと思っている、のです。

こうなったら、馬なのです。

交通ルールがある道路を馬が自由に駆け回るみたいなことなのです。

逆走する車と同じ、なのです。


で、自分の思い通りにならないから、不登校、不出社、恋愛離れ、結婚離れで、その人はもちろん家族や社会が崩壊している、のです。



やりたいようにやったら(食いたいように食ったら)こうなる、のです。

で、それが良いって、どういう教育なんだ、なのです。

しかも問題は、親からしてこう、なのです。

先生(医者)の言葉も馬耳東風なのです。


親も聞かないし、その子供も親に似て聞かない、のです。






たとえば、この師についてる弟子達と、自分の好きなように好きな物を作ってる自分の聞きたいことしか聞かない親や子と、数年後、上達するのは果たしてどちらか、なのです。

さらに、客に出せるレベルの物を出せるのは…なのです。

逆に言うと、数年あっても客に出せるレベルの物にならないって、食べて行けないってこと、なのです。
(趣味レベルのクオリティ(自分の好きなこと、したいこと)でお金を欲しがる女性や子供の貧困)


たとえば、ダイエットも、人の話を聞かないから痩せない、のです。

体ではなく、人の話を聞かないから痩せない、馬のの問題なのです。