ないことはない | プラクティス

ないことはない



唐突ですが、人は死にます。

誰も例外無く、死にます。

人が死ぬ可能性は、100%です。


人は死に、死な「ないことはない」のです。


でも、ほとんどの人は、これを逆に考えています。

頭が働かずに、死ぬことはない、と曲解してしまうのです。


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頭を働かすとは、外国語を話すとか、難しい数学の問題を解くとか、そういう話ではありません。

人は死ぬ、親も死ぬ、自分も死ぬ、恋人も死ぬ、友達も死ぬ、ただ、これだけのことを「知る」のではなく、日々「実感」できれば、それで十分です。

資本主義でも、カルト宗教でも、スピリチュアルでも、人が死ぬという事実を見ようとしません。

事実は、人は死ぬなのに、それを見ずに必死に生にしがみついて、そして死ぬのです。

しかも、周りでいくら死んでも、自分だけは例外だと思って、やっぱり例外じゃない。


これが、資本主義、カルト宗教、スピリチュアルで、死のイメージがないのです。

「お布施をしてくれるのは嬉しいですが、いくら信じてもシワシワの老いぼれになります!」

とは、絶対に言わない。むしろ、その逆のことをいけしゃあしゃあと言います。

これのすごいところは、いくら事実がこれだけ列記としてあっても、それが見えないのです。


何と言うか、あなたの恋人が100%浮気をしている事実があるのに、それが見えずに、その恋人を私だけを愛してくれるからと、好きでいるような感じです。


悪い男、悪い女にひっかかるのと、資本主義、カルト宗教、スピリチュアルにひっかかるのは、とても似ています。

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資本主義、カルト宗教、スピリチュアルは、良い事しか言いません。

しかし、良い事しか言わないのと、良い事しか言わないのが良い事なのかは、まったく別の問題です。

その点、お釈迦様は正直に「人は死ぬ」と言い切ります。

何故、そう言うかと言えば、それが事実ですし、その事実を自らの利益のために隠そうとしないから、です。

また、事実を見ないと、ありとあらゆる騙されたい嘘に騙されてしまうから、です。


ここで、1つポイントがあって、資本主義、カルト宗教、スピリチュアルなどにハマる、死を認めない(老化を認めない)人は、騙されたいのです。

で、騙されたい人に、騙す人が出て来て、共依存が成立します。


どんなに誠実そうに見えても、DHA など世界的に臨床試験でまったく効果なしと証明されたものを売っている人は、誠実でも何でもない。

でも、飲むだけで頭を良くしたいという思いのある人には、売れるのです。

それもテレビCMまでして、何億という売り上げをあげています。

騙されたい人に、騙す人が出て来て、共依存が成立するのです。

もちろん、テレビCMでは、良い事しか言いませんし、よくよく聞いてみると、ちゃんと薬事法にひっかからないような言い方をしています。

つまりは、「確信犯」なのです。

でも、この事実を仮に伝えたとしても、騙されたい人は、騙されたいのですから、おかしいと思わないのです。

こういうところも、ホストや、キャバクラ嬢に貢ぐのと似ています。


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この話、本質がわからない人が聞けば、「DHAのサプリを買っても数百円から数千円だから良いじゃないか」と思うでしょう。

しかし、本質は、そんな簡単なものではありません。

ホストや、キャバクラ嬢に、あるいはパチンコやスロット、ゲームにつぎ込むということは、

自分の人生、お金、時間を、無駄なもののために、使う、

ということなのです。


これは、飲み会などでも、もちろん同様です。


「いや、その時は楽しいんだから、いいじゃないか」

という声が聞こえてきそうなので、一番最初の事実を思い出してみてください。


「家に帰ったら、親が死んでても、『それをして良かった』と言えますか?」

「家に帰ったら、恋人が死んでても、『それをして良かった』と言えますか?」

「家に帰ったら、子供が死んでても、『それをして良かった』と言えますか?」


どうでしょうか。

それでも、

「スピリチュアルを学べたから良かった」

「バレーボールの試合を見れて良かった」

「セール品を買えたから良かった」

「飲み会で楽しかったから良かった」

「新作で遊べたから良かった」

こう思って、何の悔いもないでしょうか。


それとも、「何て馬鹿なことをしていたんだと、悔いる」でしょうか。

もし、1日、1週間、1ヶ月巻き戻せるとしたら、同じ事をしますか。


大切なものをおざなりにして、どうでもいいものを熱心に追いかける。

それがやりたいこと、

それが幸せって、

どうでもいいものを熱心に追いかけて、それで幸せになれると思いますか。

多くの人は、思っているのです。


こういう話を見たり、聞いても、すぐ忘れてしまう。

人は死に、死な「ないことはない」のに、死なないと思い込む。

この生がいつまでも続くと思って、すぐ気を抜く。

人は死なないという、明らかな嘘を、真実だと思い込んで、生きようとします。


で、瑣末なものに興奮感謝感動して、大事なことは常に後回し。


「人は死なない」という前提に立つと、

今の自分さえ良ければ良い、

「いや、その時は楽しいんだから、いいじゃないか」になってしまうのです。

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