カウントダウンが始まった
かわぐちやすこさんの創造の探求フェス
ワタクシが申し込んだのは、こちら
まずはzoomでインタビュー
ちょっと照れつつ
でも、聞き上手なやすこさんに
いつの間にやら色々話ちゃう
それから2週間程度
わくわくと待ちました
『ドキドキしますが、私なりに簡潔かつ、
りえさんの静かに ぶっ飛んでいる感じを
だせるようにまとめてみました。』
そんなコメントと共に
届いたプロフィールがらこちら
石田りえさま
肩書きキーワード:
黒子
ゆくゆくは總水とおまのマネージャー
商品は「總水とおま」
人生に不可欠な存在「總水とおま」との出会いは小学生の時、彼女が転校してきたのが始まり。本来人に関心を持ちにくい性質にも関わらず、気づいた頃には尋常でない好意を抱き、常に彼女の周りで過ごすように。 以来、中学を卒業するまで、クラスが違っても毎休みごとにとおまの元に通い、帰りの会が終わるまで廊下で待ち、3日に一回のペースで日誌にとおまについて記録する。
その後も求心力の強い女性との縁が深く、大学生になると、点字サークルを通して出会った目と耳に障害を持つおばあちゃんと毎日のように一緒に過ごす。かつては三味線のお師匠さんをしていた女性で、同じ障害を持つ仲間を集めて旅行を企画をしたり、耳が聞こえなくても電話してくる等、エネルギッシュな存在。人生初の飛行機、初めての海外旅行、卒業旅行で行ったオーストラリア、全てその女性と盲ろう者の仲間と共にし、通訳や介助など細かなサポー トをしていた。大学卒業後おばあちゃんと会うことが減っていったが、数年後、期せずして 最期を看取ることに。
仕事面では、銀行のSEとして19年間働く。ITに関して無知だったが「プログラム言語も言語は言語。私は文学部なので大丈夫だと思います」と無謀なアピールで面接官の爆笑を引き出し、ITバブル期の波にも乗り入社。
總水とおまとへの気持ちは、大人になっても1ミリの変化もなく「カミムスヒ」の活動開始とともに週末のイベントに参加するように。ある時、長年貯まっていた有給の消化期限が迫っていることをきっかけに平日のイベントも全て参加。それが楽しすぎた為、有給を使いきった時点で退社を決意。その頃出来上がった「超次元トリッパー☆イシュタール」のCDジャケットに自分の名前が載っているのを確認し、喜びのあまり退社の挨拶では「私の名前が入っているんです!私、この人のマネージャーになります!!」と宣言。 以来、總水とおまの仕事には必ず同行、黒子に徹し、正規のマネージャーを目指して奮闘中。夢は東京ドームのような大きな会場で總水とおまがステージに立ち、観客と一緒に笑顔で映るとおまの写真を舞台側から撮ること。
2020年11月16日 月曜日
・・・凄い
こんなプロフィールを作っちゃうなんて
かわぐちやすこさんってば、ホントに凄い
自分が話した内容だけど
自分じゃぁ、こんな風に纏められない
なんて、スペシャル特典なんだろう
かわぐちやすこさんの
創造の探求フェスでの特典は
残り僅かなので、気になるかたは急いでー