母のところに遊びに来ていた、近所のおばあちゃんが88歳で亡くなり、母の代わりに葬式に行ってきました。
88歳で母と同じ歳ですが、30年前に息子さんを頼ってこの町に来たそうです。活発な方で民謡を通じてお友達も出来て楽しい毎日を過ごしていたそうです。
お葬式会場は180席準備されていましたが、着席された方は50名くらいでした。そのうち親戚の方が10名、議員さんの代理が12名、各老人サークル代表5名、残り町内のお友達の代理の人という形で、 私が知っている町内の人は二人だけでした。
弔辞は、ディサービスセンターの代表の方が読まれました。
お友達も高齢で葬式にこれない。町内も高齢者ばかりで、一人ではこれない。息子を頼って知らない土地に来ているので、昔からの友達もいない。友人が沢山いたとしてもディサービス等でのお友達で、普段の行き来が無いので葬式までは来てくれない。
高齢社会の寂しさをちょっと見たような気がします。
おそらく、子供の数もへって行き、高齢になり子供の世話になるために見知らぬ土地に行く人、子供に頼ることが出来なくて高齢者夫婦で生きていく人、早く死んだ人は葬式に人は来るが、長生きすればするほど葬式は寂しいものになっていく。
子供の所に行く人は、家を処分する。老夫婦で住んでいて亡くなれば、子供は都会で暮らして田舎の家は二束三文で売り出される。不動産の価値は利用価値とイコールだから、高齢者時代には郊外の古い住宅の特売時代が来るかもね。
葬儀屋さんも、花屋さんも、お寺さんも、団塊の世代が死んでしまえばかなり厳しい経営を強いられる。その後、地方の町は過疎化が進み町自体が・・・・・・消滅していく可能性も・・・・ある・・か・な・・・・・、まずは村が無くなっていく・・・・・そのうち・・・きっと
人口の増加と共に拡大していったものは、人口の減少と共に縮小していく
経済もパイ自体が小さくなっていけば、大きな発展はできない
今日の葬式で思ったことは、これからの時代は・・・・・・・・
88歳で母と同じ歳ですが、30年前に息子さんを頼ってこの町に来たそうです。活発な方で民謡を通じてお友達も出来て楽しい毎日を過ごしていたそうです。
お葬式会場は180席準備されていましたが、着席された方は50名くらいでした。そのうち親戚の方が10名、議員さんの代理が12名、各老人サークル代表5名、残り町内のお友達の代理の人という形で、 私が知っている町内の人は二人だけでした。
弔辞は、ディサービスセンターの代表の方が読まれました。
お友達も高齢で葬式にこれない。町内も高齢者ばかりで、一人ではこれない。息子を頼って知らない土地に来ているので、昔からの友達もいない。友人が沢山いたとしてもディサービス等でのお友達で、普段の行き来が無いので葬式までは来てくれない。
高齢社会の寂しさをちょっと見たような気がします。
おそらく、子供の数もへって行き、高齢になり子供の世話になるために見知らぬ土地に行く人、子供に頼ることが出来なくて高齢者夫婦で生きていく人、早く死んだ人は葬式に人は来るが、長生きすればするほど葬式は寂しいものになっていく。
子供の所に行く人は、家を処分する。老夫婦で住んでいて亡くなれば、子供は都会で暮らして田舎の家は二束三文で売り出される。不動産の価値は利用価値とイコールだから、高齢者時代には郊外の古い住宅の特売時代が来るかもね。
葬儀屋さんも、花屋さんも、お寺さんも、団塊の世代が死んでしまえばかなり厳しい経営を強いられる。その後、地方の町は過疎化が進み町自体が・・・・・・消滅していく可能性も・・・・ある・・か・な・・・・・、まずは村が無くなっていく・・・・・そのうち・・・きっと
人口の増加と共に拡大していったものは、人口の減少と共に縮小していく
経済もパイ自体が小さくなっていけば、大きな発展はできない
今日の葬式で思ったことは、これからの時代は・・・・・・・・