激しい揺れで起こされた。まず、隣で寝ている孫を確認、急いで母親のところへ、ベッドで眠っている。かみさんの所へ、居間のソファーで横になっていて大丈夫と顔で合図、直ぐ孫のところへ戻った。
激しさを増す揺れの中で孫は伏せて丸くなっていた。上にかぶさって、『大丈夫、大丈夫だから』と声をかけていたが結構つづく。収まって周りを見ると、箪笥の引き出しが何段かあいていた。縦置きのコンピュータが倒れていた。本棚の上のものが少し散らばっていた。この程度かとほっとした。
しかし、キッチンに行って見ると棚のものは全部落ちていて、瀬戸物やガラス類が割れて散らばり足の踏み場もない。
母のところに行き声を掛けるが、眠剤が聞いているのか寝ぼけて起きる様子もない。寝室の隣に母の居間があるが、仏壇がひっくり返りテレビも台から画面を下に落ちている。人形ケースも落ちてガラスがかけ、ばらばらになっている。いろんなものがごちゃ混ぜに散らかっていて、こちらも足の踏み場がない。
2階にある物置は、入り口にある私の本棚がひっくり返って、中に入れない。(本を踏んで歩く勇気は、私にはありません。)
柱に掛けてあった時計は瓦礫の下で1時26分で止まっている。まずは、食器類からはじめる。バケツを用意して、割れたものをどんどん入れていく、子供が買ってくれたものがわれていたのはショックだった。われた食器類はバケツで3杯になった。
千葉の娘から電話があり、長男と次男から友人からも大丈夫かと連絡があった。夜中に黙々と片づけをしていて電話をもらうと、ちょっとだけ心が休まる。かみさんの兄弟から連絡があるのに、私の兄弟は全く連絡がない。
平成6年の地震は、12月28日の夜9時ちょっとで電気も水道もガスも止まり、ロウソクを何本もたて食べるものも暖房もない暗闇で震えながら片づけをした。あの時は、食器棚も倒れ箪笥は引き出しが抜けて飛び出し衣類も散乱した。母親の部屋の天井が落ち断熱材が雪のように降り積もりものすごいことになった。翌日の午後まで水道も電気も使うことが出来なくて、電気がないと、何と弱い文明なんだと痛切に感じた出来事でもあった。
それに比べれば今回は、電気もガスも使える状態、徹夜で片付けも大体できた。
購入したばかりの、事務所で使用しているカラーレーザープリンターが落ちて壊れていると覚悟したが、何事も無かったように机の上に載っていた。不幸中の幸いということだろう。
母は、『部屋が大変になっている。入れ歯がないとディサービスにいけない。探して探して』って、瓦礫の中から見つけであげたら何事も無いようにディサービスに出かけて行った。誰が後片付けするかなんて全く考えていない見たい。
認知症って、ある意味ストレスが緩和される病気でもあるらしい。
母に、『アネキやアニキから電話もないね。誰も心配してくれないね』って言ったら、出かける前に母がぼやけた頭で『大丈夫、大丈夫・・・・』って電話していた。
それは、身内にではなく時々遊びにくる一人暮らしの、おばあちゃんのところでした。
激しさを増す揺れの中で孫は伏せて丸くなっていた。上にかぶさって、『大丈夫、大丈夫だから』と声をかけていたが結構つづく。収まって周りを見ると、箪笥の引き出しが何段かあいていた。縦置きのコンピュータが倒れていた。本棚の上のものが少し散らばっていた。この程度かとほっとした。
しかし、キッチンに行って見ると棚のものは全部落ちていて、瀬戸物やガラス類が割れて散らばり足の踏み場もない。
母のところに行き声を掛けるが、眠剤が聞いているのか寝ぼけて起きる様子もない。寝室の隣に母の居間があるが、仏壇がひっくり返りテレビも台から画面を下に落ちている。人形ケースも落ちてガラスがかけ、ばらばらになっている。いろんなものがごちゃ混ぜに散らかっていて、こちらも足の踏み場がない。
2階にある物置は、入り口にある私の本棚がひっくり返って、中に入れない。(本を踏んで歩く勇気は、私にはありません。)
柱に掛けてあった時計は瓦礫の下で1時26分で止まっている。まずは、食器類からはじめる。バケツを用意して、割れたものをどんどん入れていく、子供が買ってくれたものがわれていたのはショックだった。われた食器類はバケツで3杯になった。
千葉の娘から電話があり、長男と次男から友人からも大丈夫かと連絡があった。夜中に黙々と片づけをしていて電話をもらうと、ちょっとだけ心が休まる。かみさんの兄弟から連絡があるのに、私の兄弟は全く連絡がない。
平成6年の地震は、12月28日の夜9時ちょっとで電気も水道もガスも止まり、ロウソクを何本もたて食べるものも暖房もない暗闇で震えながら片づけをした。あの時は、食器棚も倒れ箪笥は引き出しが抜けて飛び出し衣類も散乱した。母親の部屋の天井が落ち断熱材が雪のように降り積もりものすごいことになった。翌日の午後まで水道も電気も使うことが出来なくて、電気がないと、何と弱い文明なんだと痛切に感じた出来事でもあった。
それに比べれば今回は、電気もガスも使える状態、徹夜で片付けも大体できた。
購入したばかりの、事務所で使用しているカラーレーザープリンターが落ちて壊れていると覚悟したが、何事も無かったように机の上に載っていた。不幸中の幸いということだろう。
母は、『部屋が大変になっている。入れ歯がないとディサービスにいけない。探して探して』って、瓦礫の中から見つけであげたら何事も無いようにディサービスに出かけて行った。誰が後片付けするかなんて全く考えていない見たい。
認知症って、ある意味ストレスが緩和される病気でもあるらしい。
母に、『アネキやアニキから電話もないね。誰も心配してくれないね』って言ったら、出かける前に母がぼやけた頭で『大丈夫、大丈夫・・・・』って電話していた。
それは、身内にではなく時々遊びにくる一人暮らしの、おばあちゃんのところでした。