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ライ麦畑でつかまえて は、

原題 The Catcher in the Rye

物語の中で子どもが歌う

ロバート・バーンズの詩

"If a body meet a body Comin' through the rye

(曲は『故郷の空』として有名)" を

主人公が "If a body catch a body

comin' through the rye" と

聞き間違えたところから来ている。

日本でのタイトルは、1952年の橋本福夫訳では

『危険な年齢』(版元のダヴィッド社の命名による邦題)

、 1964年の野崎孝訳では『ライ麦畑でつかまえて』、

1967年の英潮社版繁尾久対訳『ライ麦畑の捕手』、

2003年の村上春樹訳では 『キャッチャー・イン・ザ・ライ』となっている。

梗概

大戦後間もなくのアメリカを舞台に、主人公のホールデン・コールフィールドが3校目に当たる高校の成績不振で退学させられたことをきっかけに寮を飛び出し、実家に帰るまでニューヨークを彷徨する3日間の話。明確な起承転結や時系列はなく、彼の周りの人物や出来事を批判し、思い出話を語ることに終始する。 特徴と影響 1945年発表の短篇「気ちがいのぼく」(I'm Crazy)を敷衍した内容となっており、主人公がニューヨークを放浪して家に帰った後、いくらか月日が経過してから「君」に語りかける構造になっている。ブロークンな口語体で主観的に叙述されているため、事実とは異なると思われる誇張表現や支離滅裂な文体が散見される。今では、その当時の若者言葉を記録している本として、参考文献にされている。その独自な文体に加え、欺瞞に満ちた大人たちを非難し、制度社会を揶揄する主人公に共感する若者も多い。 しかし攻撃的な言動、アルコールやタバコの乱用、セックスに対する多数の言及、売春の描写などのため、まだピューリタン的道徳感の根強い発表当時は一部で発禁処分を受けている。 若者の熱狂的な支持と体制側の規制は、アメリカの「暗部」の象徴としての役割を負うことになった。ジョン・レノンを射殺したマーク・チャップマンも、レーガン元大統領を狙撃したジョン・ヒンクリーも愛読していた。現代においても、未だに禁書として扱われるところもある。 アメリカのみならず、全世界の若者に与えた影響ははかりしれず、50年以上経った今でも版を重ねている。累計発行部数は全世界で6000万部、アメリカで1500万部を超え、2003年時点でも全世界で毎年25万部が売れるという。2002年には野崎訳の累計発行部数が250万部を突破した(以上、発行部数は文學界2003年6月号「サリンジャー再び」による)。単なる、世間知らずの若者が大人への通過儀礼への葛藤を描いた本ではなく、主人公には何気ない様々なものが、「インチキ」(偽物)に見えたり、逆に取り留めのないことが(良い意味で)「まいった」などという主張を独断的に展開していく姿に、現代的な孤高のヒーローを感じる読者が多い。ヒーローといっても、ケンカは弱く、スポーツもさして出来ず、成績不良な落ちこぼれなのだが、ある一貫した主義、思想、哲学のようなものが主人公の中にあるように感じとれる。 なお、野崎訳で有名になった「これには参ったね」(That killed me.)や「…やなんか」(...and all)などの頻出表現は本来橋本の訳語である。

ライ麦畑でつかまえて は、

村上春樹訳の

『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を

読みたかったが

BOOK OFF 105円コーナーに

無かったのでこの本を購入

読み終えて、村上春樹訳の

『キャッチャー・イン・ザ・ライ』で

読みたかった。

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