「祈り倒す」って言葉、初めて聞いた。
以前から日記に登場している大好きな先生は、クリスチャンです。カトリックのクリスチャンホームに育った方です。

先生はメチャメチャなことをいっぱいしていて、「清く正しい」とは程遠いようなこともいっぱいします。

でも信仰は厚いようで、「心の貧しいものは幸い」とか「私をお使いください」という言葉もよくおっしゃいます。


それから、先生はよくお祈りをするそうです。
心からお祈りすることで、奇跡といえる出来事がたくさん起きたそうです。
到底自分の力ではできないようなことが、たくさんできてきたといいます。

私は信者じゃないし、神様がいるとか奇跡が起こるとかわからないけど、
少なくとも先生は、祈ることによって素直な気持ちになり、自分の本心を明確にしたり、謙虚な気持ちになっていることは確かだと思います。

お祈りには、そんな効果もあるのだな、と考えさせられました。

お祈りすることへのハードルが、少し下がった気がします。
カラオケボックスでいっぱい話した。あんなことも、こんなことも。

「今のこと、昔のあなたが知ったらどんな顔するだろうね」と言われた。

本当にそう思う。

びっくりして信じないような、泣いて喜ぶような…

16年前の自分には、こんな日が来るなんて思えなかった。



未来には、想像できないような、素敵な出来事がたくさん待っている。

そう思わせてくれた。

これからの未来も、そう信じていきたい。
4月から、まさかの担任だと…(*_*;
もっと早く行ってくれ、先輩。

今までは補助だったのだけど、仕切りもやらないといけないらしい。

それで、話の流れで、以前の園ではあまり色んなことを経験していないということ、
そのまま流れで、人間関係で色々あって人が怖いという話をしました。

先輩は

「今の園はもうすぐ3年目!?続いてるじゃん」
「担任も、抱え込まないで、聞きながらやればいいよ」

と。

それと、大人同士が話しているのを見ると、自分のことを言われてるのでは、と怖くなる時がある、ということを話したら

「私も上の人同士が話していると、『また何か言われてるなー』って思うことあるよ」と。

あの先輩でもそういう時がある、というのには驚きました。
でもほっとしました。

で、年数相応の力がなくて、いつも迷惑をかけてばかりで申し訳ない、という話をしたところ、

「でも、成長したよ。今回の不審者の時もちゃんと対応できたし、そういう面でも成長したと思うよ」と言ってくれました。


「ちなみに、私は怖い!?」と聞かれたので

「慣れました。…大好きですよ」

と言ってしまいました。

おい!!(笑)

慣れましたとか、失礼すぎる(笑)

そんなこんなで、4月から頑張っていこうと思いまつ。

さて、新年度の準備を…(*_*;
最近、お払い箱にならないかひやひやしてしまう。
私、役立たずだから。

結局今まで何も積み上げて来なかったから、それなりの結果なわけで、

それで毎日ブルーになるわけだけど…

でも、ダメな時はダメになるわけで

だからいっそのこと、結果はどうであれ、後悔のないようにおもいっきりやろうかと。

全力でやったなら、結果がダメでも自分自身は後悔しないだろうと。

それなりにやれば、1ミリでも成長するだろうし、少なくとも後退することはないだろうし。

相手が私をどう思っているかは知らないけど、笑顔を向けておけば、暗い顔しているよりはいいことあるよね。


そんなこんなで、自分中心の考え方ですが、最近色々考えてしまったので、書いてみました。

先週の今頃、祖父母宅で飼っている犬の一匹が、旅立ってしまいました。


亡くなったチャビは16歳と6ヶ月。人間でいうと82歳。大往生でした。

4年前に心臓病が発覚し、余命2年と言われた中、がんばって4年も生きてくれました。

私が小学生の頃から飼っていました。

とても賢い子で、私の運動会に来たときは、集団の中から私を見つけ、駆け寄ってきてくれたこともありました。

晩年は、あまり動けないながらも、黙って私に体を寄せて、心をあっためてくれました。


土曜日、祖母から連絡があり、病院に付き添いました。

結果、「今夜か明日の朝までだろう」と言われ、苦しまないで逝けるように、と注射を打ってもらいました。
その後、家族で集まりました。


うつろな瞳で、苦しそうに横たわるチャビ。
最期だなんて思いたくなくて、何もいえなかった。
まだ祖父が帰っていなかったので、
「おじいちゃんにもおかえりって言ってあげるんだよ」 としか言えませんでした。

私たちが自宅に帰宅した後、祖父も帰ってきて、しばらくして眠るように逝ったそうです。


ずっと覚悟をしていたけど、すごく寂しかったです。


遺体は冷たく固い体だけど、なんだか眠っているようで、いつでも息をしそうな気さえしました。


翌日、火葬をしに行きました。


祖母の友人ご夫婦のお寺で、火葬車を呼んで行いました。

住職夫婦も火葬に立ち会ってくれました。


火葬車に入れる前に、相棒のホープをチャビの遺体の傍に連れて行きました。
でも、においを嗅ぐなりすぐに離れていきました。
いつもとにおいが違ったんでしょう。


火葬車に乗せて、お花を供えてあげました。
最後に皆一言ずつ言っています。

私はどうしても「さよなら」とは言いたくなくて、「またね。」と言いました。

またいつか、どんな形で、お互いにどんな姿で出会うかはわからないけど、またいつか会えると信じて。


火葬を始めると、住職はお経を唱え、隣にいたクリスチャンの祖父は「アーメン」と唱えました。

なんともシュール。
悲しいはずなのに、なんだかおかしかったです。
いったいチャビは、どこの天国に行くのだろうと。
どんな天国に行くかはわからないけど、チャビが天国と思う場所に行けたらいいな。
こんなに皆に祈ってもらえるなんて、幸せ者だな。


火葬をしている間は、住職の家で過ごしました。

この家には、うちの犬の親戚にあたる犬がいます。
その犬と遊んだり、ご夫婦とチャビの生前の話をして過ごしました。


この家の犬は親戚犬とあって、亡くなった犬とも顔が似ています。
その犬たちはとても若くて、躍動感のある動きをしています。

その姿を見ていると、チャビも昔はこうだったな。ゆっくり時間をかけて、年を重ねていったんだな。

と、納得することができました。
意外にも明るい気持ちで過ごすことができました。


遺骨を受け取って、祖父母の家に帰りました。

寂しいけど、いいお別れの仕方ができてよかった。と思いました。
私もそうして欲しい!と思った位。


残された犬、ホープがチャビを探す姿はなんだか切ないけど、その分いっぱいかわいがってあげようと思います。

そして、チャビの姿が見えないのは寂しいけど、もうお別れしなくていいというのは、かえってほっとしています。


そうそう、その週末はちょうど、遠くから彼氏が来ている日でした。
お出かけする予定があったにも関わらず、危篤とわかってからは予定を変更して祖父母宅や動物病院に付き合ってくれました。

翌日、私が犬の火葬に立ち会いたいというと、快く了承してくれました。
なので、新幹線の駅まで送ってあげることもできず・・・

結局、せっかくきてくれたのにデートらしいことは全くできず、私が犬と過ごす時間を作ってくれました。

申し訳なかった。
でもこれは、チャビが彼の優しさを教えてくれて、後押ししてくれたのかしら。

なんて考えてしまったりして。

そんなこんなで、少し寂しいけれど、素敵なお別れができてよかったな。

久しぶりの更新になりました。


今月になって、私も26歳になってしまいました。


まだまだ気ままに暮らしていたいと思います。



さてさて、今月に入り、もうひとつ動きがありました。



大学時代に所属していた聖歌隊の、指揮者とピアニストの先生が、引退されることになりました。


私が入学した年にいらして、聖歌隊の黄金時代を作り上げ、私たちが卒業した後もなお、がんばっていらっしゃいました。


でも、今回ついに引退が決まりました。


卒業してからも、何か悩んだ時とか、会いたくなったときに、よく聖歌隊に遊びに行っていました。


でも、それができなくなるというのは、寂しいものです。



まぁ、どんなことにも終わりはあるのよね。



今度、送別会を行い、フォトアルバムをプレゼントしたいと考えています。


皆から写真を集めるから、楽しいアルバムになりそうだな^皿^

近頃悶々とすることが多かったです。

理由は、高校の文化祭で、高3の時の担任の先生と話したのですが・・・
私と友人で、明らかに接し方が違ったからです。


で、詳細を友人何人かに話したのですが、、

「大人扱いされなかったのかもしれないね。」

という趣旨の答えが多かったのです。

先生には話したいことと、聞いてみたいことがあります。
だから、今度お話しに行きたいのです。

そのためには、ちゃんと大人扱いしてもらわないといけない。

なので、とりあえず大人な振る舞いができるようになりたいと思いました。

まずできることは、落ち着いて話すことかな。
あと、話し方を丁寧にすることかな。

でも、大人な振る舞いをするには、心も大人にならないといけないな。と思いました。


そうこう考えているうちに、「大人になるってどういうことだろう」という疑問にたどり着きました。

年齢的には私も「大人」。でも、実際にはいまだに自分は「大人」とは思えません。

一般的に「大人」というと、自立とか責任でしょうか。

それもそうなんだけど、それ以外だと、なんでしょう。
それだけなのでしょうか。


こんなこと考えたの、中学生以来です。

中学の頃、担任の先生に「大人になるってどういうこと?」と質問したところ

「子どもが『にんじんが嫌い』って言ったら、親は料理を工夫したりして食べられるようにするでしょ。
大人になると、それを自分でやるのよ」

と言われたことがあります。

この言葉の意味って、

「自立」ともとれるし、
自分との付き合い方を工夫していくこと
自分で生きやすくなるよう、工夫していくこと

などなど、たくさんの捉え方ができます。

この言葉に、「大人になる」ということのヒントが隠されているのかもしれませんね。


あと、落ち着くってことかな。

落ち着くとは 周りを見つつも流されず、自分のするべきことがわかっていること だと思います。

でも実際は、なかなか落ち着けない私ですが^^;



仕事以外のことでこんなに考え込むのは超久しぶりです。

それだけ高3の時の担任のことが好きで、前回の日記に書いたことをお話しに行きたい、というのが目的なわけだけど・・・

「大人になること」を考える、いい機会なのかもしれないね。

あと1ヶ月ちょっとで26才になるし


素敵な大人になれるといいな


ということで、トム大人化プロジェクト開始!

「下心」で一番成長する私です(笑)
昨日、祖父母宅の、高齢の犬の体調が思わしくなかったのです。

動きが少なくて、まるで私たちにお別れしているかのようでした。

今日行ったら、昨日よりは元気で少し歩き回っていました。

心臓の薬を飲んでいる犬なので、急な気候の変化が影響したのかもしれません。

その犬は15年生きていて、3年前に心臓の持病が見つかり、それ以来薬を飲んでいます。
その頃には、余命は2年位 と言われたそうです。

そんな中3年もっているのだから、いい方なのかも。

昨夜は、「明日会えるかな」と不安でたまりませんでした。

今日仕事が終わった後も、急いで祖父母宅に行きました。

玄関を開けて、歩いている犬を見た時は、すごくほっとしました。

いっぱい抱っこして、「今日も会えてうれしい。長生きしてね。」
と言ってきました。

でも、私が帰る時に寂しそうな顔をしていたので、今も不安です。


最近は仕事後毎日会いに行っています。
自然と足が向くのです。
そして、癒やされるのです。


こういうことがあると、生きていて、毎日会えるって奇跡だな。と思います。

生きていると色々あって、時には「生きていても…」と思うこともありますが、それで本当に死んだりしたら、周りの者はどんなに悲しむか…
というのを感じました。

人生うまくいかないことはあっても、生きていれば、やり直すことはできる。
会えなくなった人だって、お互い生きていれば、いつかは会えることもあるかもしれない。


生きているのって奇跡。
生きていられることに、感謝しなくちゃね。

さて、明日も犬に会えるといいな。
明日を生きるために、これからごはんを作ろう。

今、ドラマの「未成年」を借りてきてみています。


95年の作品ということで、随分時代を感じます。


若き日の浜崎あゆみ、反町隆、いしだ壱世、香取信吾、遠野なぎこが出ています。


みんな若い!そして、顔変わってる(笑)




なぜ見始めたか、というと、最近はまっている女優、遠野なぎこが出ているからです。

超かわいい。


男好きを公言していて、「大丈夫かな」と思う反面、かっこよくてはまってきています。


世の中の風潮として、


男性がたくさんの女性と関係を持つと「性豪」とか言われるのに対し、

女性がたくさんの男性と関係を持つことについては「肉○器」とか、ひどい言われ方をすることが多い。


そもそも男女問わず、たくさんの異性と関係を持つのはどうか、とは思いますが、

そういう女性がいたっていいじゃない、と思います。


同じことをして女性ばかりたたかれるのはうーん。ってことです。

男女ともに、自己責任でしょ。


まぁ、彼女の生き方をマネする気は毛頭ないけどね。

でも、もっともっと彼女の活躍を見ていきたいです。


てなことで、さっそく彼女が出る番組は録画予約しちゃいました。


久しぶりにはまったわー。

学生時代の身近な先輩が、子どもを生みました。

予定日より11日遅れでしたが、無事でした。


なんだかすごく、感慨深い。

今までも、友達に子どもが生まれたりもしたのですが、

先輩は妊娠がわかった時からちょこちょこ日記を書いていたので、
なんだか自分のことかのようにドキドキしていました(笑)

特に、予定日を過ぎてからはさらにドキドキ(笑)


私は教育関係の仕事をしていたので、小さな子どもを相手にしてきました。

でも、出産の話や親の思いを聞いたことはほとんどなかったので、そこまで感慨深い気持ちで子どもを見たことはありませんでした。

時には、子どもにイライラしてしまったり、
自分は子どもいらないなって思ったり…

(だからといって、子どもに当たったりはしてませんよ!)


でも、明日からは違うんだろうな。

親御さんはこんな気持ちでこの子を生んだのかな、とか

お誕生日一つとっても、
予定より早かったのかな、とか
遅れて親御さんも気が気でなかったのかな

とか、思うことがたくさんです。


そんなこんなで、早く先輩のお子さんに会いにいきたいです!

オムツかえとか、ミルクとかやりたい!


こんな気持ちになったのは初めてです。

まぁ、しばらくは会いに行くのは厳しいでしょうから、
とりあえず明日から、いつもの子どもたちとの関わりを大切にしよう。

毎日赤ちゃんをおんぶしていて、肩が凝るなーって思っていたけど、明日からは幸せな重みになりそうだな(^^)