先日、イセリナ・エッシェンバッハ さんからのコメントを頂き、

サイレンススズカのことを思い出しました。


そして、確かに、珠緒ドキドキさんは泣いていたと、記憶しています。

後の、追悼特集では、

場の空気を変える、“おちゃらけた”発言で、番組を助けたのも覚えております。


サイレンススズカに関しましては、

以前、ここで思い出を語ったことがありますので、重複を避けます。

( http://ameblo.jp/tom003/day-20080202.html )


その後、ブログを拝見させて頂いたら、

天皇賞の話をされていましたので、

思わず、熟読してしまいました。

( http://blog.livedoor.jp/mikisama4927/archives/65012428.html )


思い出に残る天皇賞(春)GⅠ』として、「メジロマックイーンvsライスシャワー

を挙げていらっしゃったものだから・・・。


そして、先日の、トウショウナイトの悲劇・・・。


競馬には、“馬の悲劇”が付きものと、頭では知っていても、

実際に、自分が“惚れ込んだ”馬の身に、不幸が訪れた時ほど、悲しいものはありません。


ライスシャワーという、稀代のステイヤーの悲劇は、

私の中で、確実に、何かに“終止符”を打ちました。


初めて馬券を買って、競馬に参加した年は、

ミホノブルボンが『日本ダービーGⅠ』を勝った年。


私は、ブルボンの魅力に熱狂し、

前年、トウカイテーオーが骨折のために果たせなかった“三冠”を、

シンボリルドルフ以来、十数年振りに達成出来るかどうかが、話題となる中、

「ぜひ、その歴史的な瞬間に立ち会いたい!」

と、夢を心に描いておりました。


その夢を、ものの見事に打ち砕いたのが、ライスシャワーでした。


そして、メジロマックイーンの『天皇賞(春)GⅠ』の3連覇、武豊の4連覇の夢も、

私の“単勝1万円”の応援&祈願馬券もろとも、打ち砕いたのも、ライスシャワーでした。


彼は、競馬界の“憎まれ役”だったのです。


しかし、その後、燃え尽きたかのごとく、低迷を続けます。


次の年の『日経賞GⅡ』では、復活したかに見えたゴール前で、ステージチャンプに“ハナ差”負けてしまい、再び骨折のため休養・・・。


「もう、いいから・・・。

もう憎んでいないから・・・。

ブルボンや、マックイーンのためにも、勝って欲しい・・・。」


そんな想いが、心に湧いていた頃でした。


ブルボンも、マックイーンも、きっと応援しているでしょう。」

実況アナウンサーの杉本清も、レース前にはアナウンスしています。

そんな、空気の流れていた『天皇賞(春)GⅠ』でした。


レースの内容に関しましては、マイネル**さんが、

ブログで取り上げてくださったので、そちらをご覧ください。

( http://ameblo.jp/akuukan/entry-10092400858.html )


ステージチャンプに、“ハナ差”の借りを返して、

ブルボンやマックイーンの力を、改めて示してくれたライスシャワー


彼女と、美味しいお酒を飲んだ記憶があります。

本当に、“美味しいお酒”でした。


グリーングラスの最後の『有馬記念GⅠ』を、思い出させるような、ロング・スパートは、

確実に、馬を消耗させます。


私は、正直、このレースをもって、彼は引退するものだと思っていました。

しかし、続く『宝塚記念GⅠ』では、彼にとって初めての“1番人気”に推されます。


あの、“憎まれ役”が、今や“1番人気”


その、ファンの想いに応えるように、出走するライスシャワー


ここが、避けられない、彼の“運命の分かれ道”だったのでしょう・・・。


そして、「彼は絶対勝てない」との“確信”がありながら、

彼からの馬券しか買わなかった私。


結果は、ご存知の通り・・・。

競馬との関わり方の変わる、ひとつの“きっかけ”になったのでした。