tom-tom-tのブログ
いつも通勤で広い公園を通り抜ける時、
空を見上げてみる。
ふと見慣れないものが目に入ったので、
よく見ると、鶏の卵くらいの黄緑色の実が
松の枝に、先を天に向けて並んでいる。
こんな松ぼっくりは見たことがない。
と言っても、
私は植物にはものすごく疎いので、
普段は、まとめて「木」として見てきた。
私が生まれ育った田舎の家には
雑木林も前栽もあり植物は
かなりの種類があった。
にも関わらず私はそれらに
殆ど興味を持たなかった。
松の実の意外さに驚いた私は
思わずスマホを取り出してズームで
その写真を撮った。
あとでスマホを何度も眺めて、すごいな、
こんな出来方をするものもあるのか。
と感心していた。
松ぼっくりについて調べたりしたが、
何かちがう、けどそんなものかなと片付けた。
その後、私の中では発見だったので、
黄緑色の松ぼっくりの写真をsnsに載せた。
「大きな黄緑の松ぼっくりを見つけた」
という言葉を付けて。
すると誰かが、
「これはヒマラヤスギです。
球果は最後には木の上でバラバラになって
落ちてきますよ」とコメントをくれた。
松ぼっくりのことを球果というのか。。。
私は「大きい松ぼっくりになった時に
見て見たいです」と返した。
すると、その後また別の人が、
「松ではないです」とコメント。
そこで初めて「ヒマラヤスギ」、、、杉!
思い込みはおそろしい。
その後通るたびに真っ直ぐに伸びた
ヒマラヤスギの球果を確かめるようになった。
あの木にも、こちらの木にも、
同じような球果がたくさん付いている。
いちいち写真にとって満足している。
日頃見えていても何も見ていなかったな、
とつくづく思う。
ものを知らない私に教えてくれた人が
いたことがありがたい。
この先、私の目はヒマラヤスギを
探すことになるだろう。
3日前。仕事に行く途中、
車の時計を見たら
いつもより1時間早かった。
車の時計が止まった?
腕時計、スマホを見たら
時刻に間違いはない。
ということは、私が時間を間違えて
家を出たということ。
早く職場に着いても仕方がないので
スーパーで買い物をして一旦帰宅し
出直せばちょうどいいかなと思い、
スーパーまで行った。
が、やっぱり買い物はやめて帰宅。
水を一杯飲んでまた出発。
いつもの時刻に職場に到着した。
これまでこんな時間の間違いは
したことがなかった。
そして今日。
ジムの後、お昼ご飯を食べたあと、
ウトウトし、、、時計を見たら、
いつもならとっくに車を停めて
職場に向かって歩いている時刻。
慌てて身支度をして車に飛び乗り
10分ほど走った。
その間、ずーっと、
職場に着くまでの動きと時間を
シミュレーションしていた。
どう頑張ってもギリギリアウト。
でもとにかく行くしかない。
そんな時に限って赤信号。
その時ふと気がついた。
今日は仕事は休みだということに。
ついさっき私は、友達に
「私、今日はお休みだから、
もし会えそうだったら連絡してね」
とLINEを送ったことを思い出した。
その場所でUターンして帰宅。
その後、件の友達からの
連絡もないので、
このモヤモヤを解消するためにも
ウォーキングをすることにした。
車のドアを閉めたとき、
「今から出られるからお茶しよう」
と連絡が来た。
当然ウォーキングはやめにして
スタバで久しぶりに彼女と話した。
時間に遅れないように、
いつも気を付けてきた私が、
こんなことを続けて
やってしまったのが、
ちょっと残念だけど面白かった。
面白がってる場合じゃない、
ボケてきたのか?(恐ろしい(・・;))
とにかく誰かに迷惑をかける
ことにならなかったのでよかった。
と、考えて、このことは
私の中で葬ることにした。
今日も夕方に歩いた。
お店に立ち寄れる時間でもないので、
ただ歩こうと思った。
が、いつもと違う道を選んだら、
入ってみたいお店があり、
やっぱりコーヒーを飲んで
帰ることにした。
純和風の町屋でお客は私一人。
店主は60代くらいの男性。
10年ほど前に、
フランスからスペインへの巡礼の道
カミーノ.サンティアゴを歩いたそうで、
その美しい写真を
タブレットでたくさん見せながら
当時の話をたくさんしてくれた。
過去にこの店主の話を聞いて
その巡礼の道を歩いてみることに決めた
若い女性もいるそうで、
彼女は、実際に巡礼の道を歩いて、
その後に本まで出した。
その本も見せてもらった。
ちゃんとした本で、内容も面白く読みやすい。
すごいなぁ。
私も昔からそのカミーノサンティアゴに
ついては、テレビで特集をしていたのを
見たことがあり、
とても感動したのだった。
だから、とても興味深かった。
30分くらい話して、
帰り道が暗くなる前に失礼しますと
店を出た。
私ももう少し自由で若ければ、
思いきって巡礼の道を歩けたかな。
そしたら世界の見え方が
変わっただろうか。
さしあたり、いつものウォーキングの
コースが私の巡礼の道のよのうなものだ
としておこう笑。
歩きながら内側に目を向けることが
できるし。
最後に。
私はいつもひとりだけど、
話してくれる人に出逢えたことが
ありがたかった。

