子育ての最中、私はずっと忙しかった。

自分のことなんて

ゆっくり考える暇などはなかった。。。

と思っていた。


ところが、ふと実はとてつもなく

暇だったのかもしれない気がしてきた。


今、私は時間があれば川原を歩く。

歩きたいから歩く。


昔は、

子供が喜ぶ食事を考えて作り、

子供が気持ちよく過ごせるように

家の中を片付け掃除をし、

子供が清潔でいられるように洗濯をする。

楽で早く移動できるように

塾や習い事の送り迎えをする。

頼まれてもいないのに

私がそれがしたかったからやっていた。

のではないか。。。暇だから。


人は根本は暇なのだと思う。


暇のなかにいてどれだけ満足するか、

どれだけ人を喜ばせるか

(喜ばせたつもりになれるか)

を、明らかにしていくことが

生きることなのかもしれない。


昔、私は退屈なとき罪悪感を抱いた。

何か役に立つ事をしないと価値がない。

などと思っていた。

でも今は全く違っていて

昔の私を思い出すと

「誰だよ!」

と言いたくなる(笑)


元はみんな白い紙。






お天気の良い日は河原を歩く。

歩きながら青い空を見て

気持ちの整理をする。


半年ほど前のこと。

あまりに清々しい天気だったので、

立ち止まって、川と遠くの山を背景に

いつものように空をスマホで撮った。


再び歩き始めたとき、

私より年配と思われる女性から

すれ違いざまに話しかけられた。


「あの尖った高い山は大門山、

その横にある3つの瘤のような山は

タカサブロウヤマですよね?」

咄嗟にそう言われて

私は頭が真っ白になった。

突然だったのと、

山のことは何も知らなかったからだ。


山といえば若草山か富士山くらいしか

咄嗟には浮かばない。

「スミマセン、私は山のことは

何も知らないのです。」やっと答えた。

彼女は、

「山の写真を撮っておられたから

よくご存知なのかなと思いまして」と言った。

「いえいえ、何となく

きれいだから撮っていただけなんです」と私。


私はスマホでその山の名前を検索した。

どちらの山もはっきりと画像があり

説明がなされている。

山の名前、ちゃんとあるんだな。

当たり前のようだが考えたことがなかった。


2人でスマホの画面を見ながら

「なるほど」と言い、

暫く遠くの山の話をした。


わずかな時間だったが、

いろんなことを話した。

それからどちらからともなく、

それでは、と挨拶をして別れた。


今また同じ道を歩いている。

いつものように川の遥か向こうに

大門山とタカサブロウヤマが

浮き出して見える。

一度知ってしまったらいつでも

目の前に現れる。


知らなければ、

いつもの景色の中の「山」でしかない。

あの日彼女に会わなければ

私は今日も「山」を見ている。


世の中の全てのことはそうなのだろう。

知らなければ無いのと同じ。

今見ているものはいつか知った物。

それ以外は知らない物。






先日、職場に行く前にデパートでチョコレートを買った。デパートから職場まで雪道を徒歩5分。会社のロッカー室で、マフラーを外しコートを脱いだ。

それから、髪を後ろで縛ろうとしたとき、

右の耳にピアスがないのに気がついた。


私は、耳を触ってピアスがあるかを確かめる癖がある。エレベーターに乗る前にそれをやったばかりだ。

ということは、エレベーターフロアからロッカー室までのどこかに落ちているはず。

また1階に戻り探してみたが見つからず、左耳ピアスのままで仕事に入った。


仕事が終わってバスで帰路に着く。

バスの中で思い出していた。

このピアスはちょうど一年前にも

片方が行方不明になり諦めたことがある。


その時は、

不思議なことに、

繰り返し探した場所で見つけた。

車庫のコンクリートの上に

ポツンとあったのだ。


あのときは気に入って買ったばかり

だったので、しつこく探したのだった。


探し尽くした挙げ句に諦めて、

同じようなピアスをまた買おうと決めた。

そして次の日、

買いに出かけようとした時、

足元に現れた。



それから一年の間、

充分使わせてもらったから

感謝してお別れだな、と思えた。


バスを降りて暗い雪道を歩いて帰宅。

家でコートを脱いで着替えようとしたら、

床に金色の小さな輪っかが。


左のピアスはさっき箱にしまったから、

これは、、、あれ?



コートのフードの中かマフラーに

引っかかっていたのか。

全くわからないが、

ずっと家まで着いてきたらしい。


不思議でも何でもないと

思うこともできるが、

私にとってこれは

魔法のピアスだ。(笑)