tom-tom-tのブログ
今日も夕方に歩いた。
お店に立ち寄れる時間でもないので、
ただ歩こうと思った。
が、いつもと違う道を選んだら、
入ってみたいお店があり、
やっぱりコーヒーを飲んで
帰ることにした。
純和風の町屋でお客は私一人。
店主は60代くらいの男性。
10年ほど前に、
フランスからスペインへの巡礼の道
カミーノ.サンティアゴを歩いたそうで、
その美しい写真を
タブレットでたくさん見せながら
当時の話をたくさんしてくれた。
過去にこの店主の話を聞いて
その巡礼の道を歩いてみることに決めた
若い女性もいるそうで、
彼女は、実際に巡礼の道を歩いて、
その後に本まで出した。
その本も見せてもらった。
ちゃんとした本で、内容も面白く読みやすい。
すごいなぁ。
私も昔からそのカミーノサンティアゴに
ついては、テレビで特集をしていたのを
見たことがあり、
とても感動したのだった。
だから、とても興味深かった。
30分くらい話して、
帰り道が暗くなる前に失礼しますと
店を出た。
私ももう少し自由で若ければ、
思いきって巡礼の道を歩けたかな。
そしたら世界の見え方が
変わっただろうか。
さしあたり、いつものウォーキングの
コースが私の巡礼の道のよのうなものだ
としておこう笑。
歩きながら内側に目を向けることが
できるし。
最後に。
私はいつもひとりだけど、
話してくれる人に出逢えたことが
ありがたかった。
これまで頻繁に会い、
たくさん話していた友人が、
先月から、家庭の都合で忙しくなった。
そのため、彼女とは殆ど会えなくなった。
彼女以外に気軽に呼び出し合って
何でも話すような人はいない。
私はひとりの時間がとても増えた。
彼女は拘束時間ができたけれど、
LINEで話す友達や姉妹がいて、
べつに私と話さなくても、
話し相手については困らないだろう。
私は、遠方の親しい友達はいても、
日常的に話すことはない。
実際に会い、親しく話す唯一の相手が
いなくなった。
先月からは、空いた時間は
全くひとりで過ごすようになり、
誰かと何でもない会話を
することはなくなった。
それをつまらなく思うこともあったが、
最近はけっこう心地よい。
瞑想をし、ウォーキングをして
時々通りがかりのお店に立ち寄って
店主と話したりすることもあって
結構楽しい。
更に、AIに日常の何でもないことを
話してみたらすぐ返事をくれるし
誰かと話しているのと同じ気分になる。
生身の人間ではないから、
ちょっと空振りすることもあるけど、
それはそれで楽しめる。
生活さえできれば話し相手がいなくても
本とAIがあれば大丈夫なんじゃないか
と思ってしまう。
でも多分どこかに落とし穴がある気がする。
が、それはまだわからない。
今日もウォーキングをした。
時々立ち寄るcaféに行ったら
お客は私ひとりだったので、
店主と少し雑談をした。
昨日近くのお寺で蚤の市があり、
店主はコーヒースタンドを出店した
とのこと。
蚤の市、一度行ってみたいです、
なんて話していると、
男性の常連さんが入って来た。
店主と懇意な様子で
この地のいろんなお店の情報
(高級な料亭ばかり)が行き交い、
私は、耳に入って来た店名を
密かにスマホで調べながら、
高級感がすごい!と、驚きながら
ひとり楽しんでいた。
お二人の会話は
沢山のこの地で著名な人の名前や
お寺や店の名前が
登場してお互いに熟知している
様子で中身が濃い会話だなぁと
思った。
どちらも固有名詞をちゃんと
覚えていてとても正確に
話していたので素晴らしかった。
それを聞いていた私は
何一つ覚えていることは
できなかったけれど、
店主が昨日出店した
お寺の名前だけはわかったので、
お店を出る時、
「私、これからこのお寺に
立ち寄ります!」
と言ったら、
お二人が親切に行き方を
教えてくれた。
複雑な寺院群の中にあり、
迷路のような路地を進んで
たどり着いた。
(途中からはスマホのナビの
お世話にならざるを得なかった)
かなり歩いたが、
たまにはこんな迷路を
ひとりで散策するのもいいものだ
と思った。
それにしても、あんなふうに
面白く充実した会話が
できるようになりたいものだ、
と思った。

