自転車を引きずりながら、なんとか家にたどり着いた。一人暮らししているため当然家には誰もいない。




なんだか疲れた。カバンを放り投げ、ベッドになだれこむ。




どうしちまったんだろうなぁ俺は。ファンタジーな映画は割と好きだ。そういうマンガも嫌いじゃない。

こういう死神やらが出てくるマンガとか見たことあるし。



影響受けすぎたかな。ついに現実と妄想の区別がつかなくなってしまったのか。死神なんて。どんだけメルヘンな夢を見てるんだ俺は。



けどこれは夢じゃない。かもしれない。その証拠に左腕にしている時計がおかしなことになっている。



白かったはずの時計。それが黒い。
いたってシンプルな、針と日付窓だけの文字盤。そこの配置に変化はないが、日付窓の数字が「92」となっている。

何よりおかしいのは、ベルト部分がどう頑張ってもはずれない。というか、はずそうとすると、腕に痛みが走る。いや、この時計に神経が通っているような、腕の一部のような、そんな感覚なのだ。ハサミで切ろうと試みたが、やはり無理だ。いてぇし。



どういうことだ。「92」という数字は、おそらくちょうど3ヶ月を表していて、きっと日ごとに1日ずつカウントダウンしていくんだろう。

いやいや、ドッキリ番組とかにしてはタチが悪すぎだろ。それとも俺の脳内はすでにファンタジー化してしまっているのか。





警察とかに言うべきかな。いや、相手にされないに決まってる。現にさっき帰り道で電話した友人マサの反応は、「そうか・・・大変だったな・・・今日はゆっくりおやすみ」だった。





まぁアイツの対応は当然だ。仮に俺がマサの立場だったら、笑うしかできないだろう。


いや、マサの言うとおりかもしれない。俺は極度の疲れで歩きながら寝てしまい、まだその夢の中なんだ。

目が覚めればまたなんともない一日が始まるんだ。なんだ、そういうことか。ドキドキしちまったよ、恥ずかしい。





そう考えるしかなかった。これが現実だったら・・・とかそんなバカなこと、考えるだけ無駄だ。




そのままヒロは、夕飯も食べずに眠りについた。頭で考えてることとは裏腹に体は正直で、心臓の鼓動は最後まで早いままだった。
あいにくの雨だ。



いや、まさに今日の日にふさわしい天気なのかもしれない。いつまでたっても気分は晴れない。自分でこれが最善だと思いしたことのはずなのに。














「あなたの命は、あと3ヶ月です」


つい2週間前、ヒロは余命宣告を受けた。神様に。



神様、といっても、死神という類のものらしい。





まぁ、夢の中の話だ。けど夜寝ながら見る夢じゃない。白昼夢ってやつ?
俺はそう信じていた。いや、信じたかった。


学校からの帰り道、突然そいつは現れて俺に余命宣告していった。







その日はいい天気だった。日も暮れそうな夕方。何事もなく大学から自転車で帰る途中、閑静な住宅街を走っていたときだ。突然自転車の後輪の細い棒たちが折れた。ガクンっと自転車は大きく揺れ、後輪はグラグラと不安定になり、止まった。そのまま走れなくなった。


「おいおい、マジかよ」



そこに彼はいた。死神だ。いや、死神と名乗る怪しい男。ヒロのちょうど横数メートル先に立っている。

黒いパーカーを深くかぶり、黒のロングスカートのようなヒラヒラのローブみたいな。ほっそりとした小柄の男で、パーカーのせいで顔はよく見えない。だがいかにも怪しい人間であることは確かだ。
立ち止まりじっとこっちを見ている。

「おいおい、こえぇな」
心の中でヒロはつぶやき、何とか早く自転車を直してこの場から逃げようと、必死に後輪をいじくっていた。


あちゃー、こりゃ直せそうもないな。カンベンしてよ、金ないってのに。




ちらっと横を見る。
「あれ?」


男はいない。

なんだよかった、なんもなかった。
ニュースとかの見過ぎだな。ちょっと変なカッコのヤツ見ると、つい刺される、とか思っちまう。まったく、嫌な世の中だわ。


ホッとして自転車に視線を戻す。



「はうあっ!!」

思わず声が出て尻もちをついた。生まれて初めての経験かもしれない。
男が目の前に立っている。こちらを見下すような恰好で。


男は何も言わない。この暑いのに両手をパーカーのポケットに突っこんだまま、立ち尽くしている。

こいつはマズイ。刺される。間違いない。ヒロはとっさにそう判断し、自転車を捨てて走り出した。
あぁ、こんな本気で走ってんのいつぶりだろう。ってそんな場合じゃない。とりあえずコワイ。



走った。けっこう走ってる。気がする。チラっと後ろを見る。


「あっ?」




いない。100メートルくらい手前に自転車だけが横たわっている。


さっきの出来事が瞬時に思い出される。うーわ、マジかよ。

ドッと汗が噴き出す。こんな感覚も初めてだ。嫌だ、コワイ。


しかし前を見ずにはいられなかった。




「ああぁ!!」

あぁやっぱり。予想を裏切らず、男はそこに立っていた。何なんだよ一体。




「な、なんでしょ・・う?」
ヤバイ、声が震えてる。そりゃそうだ。こいつは今ニュースで話題の逃走中の通り魔なんだ。ポケットの中にぜってーナイフ入ってる。
ヒロの思考はもうそうとしか考えられなくなっていた。





「私は人じゃないよ。あなたたちにわかりやすいように言うと、うーん、死神、です」




少女のような声でそいつが口走った。


「え?」

その雰囲気と声とのギャップに戸惑う。いや、こいつ、女か?若い。高校生くらいか?



「私は死を望む者へ、死を告げるために、ここにいるのね」



「・・・・は、はい?」




「あなたの命は、あと3ヶ月です」







は?死神?な、なに言ってんだ?死を告げる?あと3ヶ月?

頭が混乱する。



「時計の針が、ちょうど3ヶ月後の0時を指すとき、あなたに死が訪れるんです。どうか、後悔のないよう、過ごしてくださいね」





「・・・・・?」




パチ。




「・・・・・はら?」





一瞬瞬きをして目をあけたその時、その女はもういなかった。






夢?




額から流れる汗と、まだ痛いくらいに鼓動している心臓のリアルな音が、それが夢ではないと証明していた。
電車内が



さみぃ。




西武線はもう夏を先取りですか。まだ少し、早いんじゃないかな。




とか言う自分ももう半袖一枚ですが。



隣のオッサン暑苦しいカッコしてんなー。いや、この車内だとそれが正解か。てかヅラだろーそれ。絶妙にズレたヅラだろー。






あれ、扇風機…


いや、クーラーもガンガンだけどやたら風来るのはそういうわけ。てか西武線て以外とレトロな車両使ってんのね。




ってどうでもいい事考えてたら降りそこねたよ。


もういいや、このまま終点まで行ったる。長瀞とか行って川下りとか夏を先取ってやる。


あれー、なんかテンションあがってきた!全てを諦めて二度寝する時の気分かな!ワクワクしてきた!暑いね!夏だね!!











さみぃ、ダメだ、降りよ。