ファミレスで軽く食事を済ませてから、家に帰る。



ちくしょう、なんで俺がこんなに悩まされなきゃいけないんだ。おかしいよ。


ベッドに横になり、時計を眺めながらヒロは悶々としていた。

確かに俺はヒドイ人間だと思うけどさぁ、もっとダメな人間なんてたくさんいるんじゃないの?
俺はその辺の犯罪者よりヒドイやつだっての?もしかしてそういう人間は、こうやって俺みたいに死神が舞い降りて死んでいくの?

大学もまじめに行かない、かといって就職する気もない。結局親に金出させて大学に通ってるくせに親なんて必要ないとか言う。
彼女にもヒドイことして、申し訳ないとは思う。けど懲りずにまた同じこと繰り返す。

あーもう、人生つまらない。このまま大学出て、別にやりたくもない仕事について一生働いてって、何か楽しいんだろうか。

結婚とか?俺はミユと結婚するんだろうか。ミユはよく「あたしたちが結婚したら」とかよく言うけど、正直そんな先のこととか考えたことない。というか今が楽しけりゃいい、結婚とかどうでもいいと思っている。
別にミユじゃダメだとかいうわけじゃない。気使えて明るいイイ子だし、その辺の女よりよっぽどカワイイと思うし。ただこの先一生一緒にいるのかって言われるとそこまで考えられないだけで。


あと残された楽しいイベントってなんだ?子供ができて?最初はカワイイけど結局その子供に俺みたいなこと言われて?
そう考えると俺悪いことしてんなーって思うけど。思って終わり。

あれ?楽しくないじゃん。あとなんだ?思いつかない。

なんだ、この先、生きてたって大して楽しいことなんかない世の中じゃん。じゃあこんくらいで死ぬのがちょうどいいのかな。



なぁ、そういうことでしょ、死神さん。俺が死を望んだって、つまりそういうことなんでしょ?



カチッ


腕時計の横のノブをまわしてみる。



「ん?」



背後に気配を感じて寝返りをうってみる。




「ほあああぁぁ!!!」




出た。死神。いかん、今のショックで死んだんじゃないか俺。




「それはあなたが無理やり、死の事実を受け入れようとしているだけ」


またもや少女の声で死神は言った。



怖い、どうしよう。大声出すべきか。でも声が出ない。体が震えているのがわかる。



いや、

お、落ち着け俺。落ち着こう。これはチャンスだ。謎が解けるチャンスだ。助かるチャンスなんだ。



「ど、どういうことなんだ。なぁ、俺死ぬのか?あと3ヶ月で死ぬの?この時計なに?どうやって外すの?」



「あなたは死を望んだんだよ。私は死までの時間を告げただけ」


「望んでなんかいない!頼むよ、あの、あのパチンコで負けた時に言ったのは違うんだよ。あれはウソなんだ。
だから、助けてよ」


「それは違うよ。そんな事ではないから。あなたは、そうだな、あなたたちにわかりやすく言うと、あなたの魂が自ら、死を望み、選択したんだよ」



「どういうことだよ、勝手なこと言ってんじゃねぇ。ふざけんなよ!」



「いずれ、わかること。後悔のないよう、ね」



「おい!」


ヒロはその女に向って手を伸ばした。


掴めない。通り抜けた、わけではない。そこにいるのに、遠くにいる。そんなわけのわからない感覚。





パチッ





消えた。


やはりどこにもいない。

「くそっ!」


もはや恐怖心よりも怒りと絶望感の方が上回っていた。


そうだ、これをまわせば・・・!
時計のノブをまわそうとする。

「あ、あれ?」
まわらない。まわそうとしても引っ張ってみてもビクともしない。


ちくしょう!なんなんだよアイツは。結局助かってないし、何もわからずじまい。

けど、こんな夢ではない、リアルな感覚。もう間違いないじゃないか。



その時、携帯が鳴った。ミユだった。

「もしもし」

「あ、あぁ、ミユ。お疲れ」

「うん。なんか息荒いけど、どうしたの、また何かあった?」

「あ・・・」

話すべきか。今あったこともミユに話すべきか。そうすれば、さっきのようにまた、気持ちが多少楽になるかもしれない。

「えっと・・・今」

「うん」

「・・・なんでもないよ。今、ファミレスから帰ってきたとこ。
見たい番組あったからさ、ダッシュで帰ってきた」

「ふーん、そうなんだ。ねぇ、今からそっち行こうか?」

「いや、いいよいいよ。今からじゃもう時間も遅いし。明日学校でしょ?」

「うん、そうだけど・・・でも」

「平気だからさ。考えてたんだけど、さっきの話もさ、重く受け止めるだけ無駄だと思うんだよ。
どうせ死ぬことなんてないんだし。もしかしたらホントに夢かもしれないんだし」

「でも、時計が・・・」

「それもさぁ、きっとドッキリかなんかでしょ。多分強力な電磁波かなんかでくっついちゃってんのよ。
だってこんな話が現実に起こること自体おかしいわけよ。この科学で成り立つ現代にだよ。
そのうちポロっと取れるよ」


ミユに向けて言っているんじゃない。完全に自分自身に言い聞かせている。そんなことはわかってる。

「それはそうなんだけど、けど」

「いやー、そろそろテレビの取材が来るんじゃねぇかなー。
だからさ、ゴメンな、俺からあんな深刻に話して無駄に怖がらせといてアレなんだけど、もっと気楽にいこう、と」

「うん・・・そうしたいけど・・・ヒロ、大丈夫なの?」

「おう!スマンねぇ、俺なにげ繊細なハートの持ち主だからさ、さっきはちょっとナーバスになっちまってたわけよ。
あ、そうそう、そういや今日さー、大学でマサの奴と・・・」



そのままどうでもいい話をひたすら続けた。ミユは最後までテンション低いままだったが、こっちが無理やりにでも明るく振舞ってないと、孤独と不安に押しつぶされそうになる。



「・・・おう、ありがとな、こんな長電話付き合ってくれて」

「うん。じゃあ、またね」

「おー、おやすみ!」


プツ







すっかり夜中だ。



時計の針は12時20分を指している。日付窓は「90」を表示していた。
授業が終わった。ミユとは彼女の大学の最寄駅前のファミレスで待ち合わせしていた。


「今から向かえばちょうど待ち合わせ時間かな」



さっきのマサの件もあり、ヒロの足取りは若干重かった。
マサに悪気がないのはわかっている。むしろ誰もが同じ当然の反応を示すだろう。しかし自分自身がこんなどうしようもない状況下にいるため、苛立つ気持ちは抑えられなかった。


ミユにまで信じてもらえなかったらどうすりゃいいんだ。そんな浮かない気分のまま、待ち合わせ場所へと向かった。





ファミレスに着いた。ミユはまだ来ていない。先に席に座り、アイスティーを頼んだ。



そういえば死神は「死を望む者」と言っていた。どういうことだろう。死にたいと思ったこと・・・
心当たりがないわけではなかった。だが本気で死を望んだことなんかない。


うーん、あの日かな。


パチンコで負け、入ったばかりの給料のほとんどをスッた。しかも家賃払う前。

親とは大学受験のことで揉めて、半ば無理やり家を飛び出して一人暮らしを決めた。授業料は出すが、それ以外のことはすべて自分で何とかするという約束だ。そんな大見栄きったのは自分だが。

おかげで金は貯まらず、借金だけが増えていく。しかし親には「てめぇらなんかいなくたって生きていけるわ」とケンカの勢いで怒鳴り散らして家を出てきたおかげで、借りるわけにもいかず、家賃はミユに立て替えてもらった。なんとも情けない話だ。

ミユは仕方ないと許してくれた。もうギャンブルはやめると約束した。



しかし先日、授業が休講になったのを機に、ついパチンコ屋へ足を運んでしまった。ギャンブルは麻薬とはこのことだ。2万スッた。



自分のふがいなさが嫌になった。「あー、もうダメだ俺。死にてぇー」





あぁ、確かに死にたいって言ってるわ。ちょっと待て。これが原因か?


違うよ神様。いや、死神様。あんなのその場のノリで言ってしまったんだよ。ってか昔から死ぬーとかけっこう口走ってるよ。いやみんな言ってるっしょ!

たしかに俺は親や恋人を裏切って、騙して、テキトーでダメでどうしようもない人間で、こんな俺が生きてるんならもっと死ぬべきじゃない人たくさんいるとか思うけど、でも、本当にそう思ったからなんですか?



そう思ったことは事実だけど、けどそれは心の中だから思えたことなわけで、それで本当に死ぬんならそんな簡単に思ったりしないわけで。あぁ、なんかすごくダメなこと言ってるけど、人間だし仕方ないでしょ?

もしかしてそんな風に適当に死とか考えてる自分への罰ですか?


けどなんで。あの時のがそんなによくなかったのか?俺は本気で死を願ったのか?それとも死神の気まぐれか?




また答えのない問いに頭を悩ませていると、ミユがやってきた。



「どうしたの?なんか深刻そうな顔してるけど」


あぁ。いつもどおりのミユだ。なぜだかわからないが、その一言、ミユの声を聞いただけで泣きそうになる。

おい、こんなとこで泣いてどうする。と、必死にこらえて平然を装い言う。


「おー、ごめんな今朝は。起こしちまって」

「ううん、それはいいんだけど。なんかあった?」

「いや、それがさ・・・」


ヒロは言いかけてためらった。言ってもマサのように信じてもらえなかったら。

やべー、そしたらマジで泣くかも。



「なに?」

「あ、うん。とりあえずなんか頼む?」

「なにそれ。まぁいいや。すいませーん」


店員を呼んでアイスコーヒーを注文する。うあー、なんでこんなに緊張してんだ俺。


「で、何よ。なんか大変なことがあった感じだね。続きをどうぞ」

「お、おう。とりあえずこれはマジな話だから。絶対にウソじゃないから」

「なになに、そんなもったいぶって。なんかドキドキするじゃん。わかったから。まじめに聞くから話して」

「昨日の話なんだけど」





ヒロは詳細を話した。死神だの余命3ヶ月だのといった単語が出るたび、「は?」「え?」という予想通りの反応が返ってくる。


話が終りに近づくにつれ、ミユの表情がどんどん強張っていく。





「まぁ、そんなトコかな」

「そんなトコかなって。・・・えっと。待って。
冗談・・・でしょ?」

「ホントなんだ。頼む、お願いだから信じてくれ」

「そんなこと言ったって」

「頼むよ、もうミユしかいないんだよ」


マズイ、泣きそう。がんばれ俺。


「・・・悪い夢見たんじゃなくて?」

「夢だったらいいけど、この腕時計がね」

「確かに、ヒロの白い時計と形とか一緒だし・・・それにほら、盤面のココのガラスのキズ」

「え?あ、ホントだ」


確かによく目を凝らすと小さなキズがついている。

「これ、あたしがうっかり付けちゃったやつだから覚えてるんだ。ごめん言ってなかったけど。でもなんで・・・
ヤダ、あたしそんなコワイ話きらいだよ」


ミユの表情は険しい。


「うん、俺もまだ整理しきれてないけど、とにかくマジなんよ」

「うん。わかってる。でも、そんなこと急に言われても、ね。」


あまりにも俺が真剣に、むしろ泣きそうになりながら話すから、ミユはマサと違って理解しようとはしてくれている。いや、理解したくはないが強制的に受け入れなければならない。俺と同じだ。
それだけでもなんだか救われた気分だった。



そうこうしてるうちに、ミユのバイトの時間が近づいていた。

「ミユ、時間。」

「あ、ほんとだ・・・。
その話は、ちょっと、考える時間が欲しいかな・・・ごめんね。」

「うん。まぁ、当然だよね。あ、俺課題やってくから先行ってていいよ。ゴメンな、バイト前にこんな空想みたいな話。」

「ううん。信じてないわけじゃないよ。信じてないわけじゃないけど・・・」

「ん?」

「ヒロ・・・死なないよね?」

「カンベンしてよ、お前、こんなんで死んでたまるかっての」

「だよね。ごめん、またバイト終わったら電話するね」

「おー、がんばって!」




ミユはお金を置いて小走りに店を出て行った。


ふぅ。なんだか少しスッキリした。話してよかった。


だが一人になるとまた、急に孤独感が押し寄せてくる。








死なないよね?



この言葉がヒロの胸に重くのしかかっていた。
朝だ。横の目覚まし時計は6時半を指している。久々にこんなに早く起きた。しかしまったく寝ぼけている感じはしない。昨日の出来事はすべて鮮明に覚えている。


何よりヒロの目を覚まさせたのは、左腕の時計だ。


黒い。



正確に6時半を指している。日付窓は「91」となっていた。






まいった。現実なのか。それともまだ夢が続いているのか。



とりあえずテレビをつけてみる。めざましテレビだ。なにもかわった様子はない。

どこのチャンネルのニュースでも、死神うんぬんの単語は出てこなかった。





なんだこれ。どうすりゃいいんだ?とりあえず誰かに電話しよう。



ケータイを手に取り、かける。



「あ、もしもし、ミユ?」

「んあー。何、こんな朝っぱらからぁ。え、まだ6時半じゃん!」

「ゴメン。ミユ今日授業あったっけ?」

「んんー、あるよー。2限からだからもうちょい寝かせてぇ」

「そっか。じゃぁ、学校終わったら会いに行くから。今日バイト?」

「うんー、今日は遅番だから、その前ならいいよー。なにさ急に」

「いや、なんでもない。後で話すよ」

「えぇー、ま、いいやー、眠いから。またあとでねぇ、おやすみぃ・・・」



プツ。

ミユはかれこれ2年くらい付き合ってる彼女だ。前やっていたカフェのバイトで知り合った。
1つ年下だが、なにかとしっかりしたヤツなので、年の差はまったく感じない。
お互い大学が違うので会うのは週に2回くらいだ。




バカにされるのはわかっているが、とにかく誰でもいいから話を聞いてもらいたかった。一人でいるのは何より孤独で今更ながらおっかない。





とりあえず早く学校行こう。


大学に行きたいなんて思ったのは初めてだ。1年のはじめの頃は割とまじめに行っていたが、2年生になってすっかりサボリぐせがついて、あまり大学に行かなくなった。行ってもタバコ吸いながら友人と遊んでることの方が多かった。



昨日は食欲がまるでなかったが、どんな時でも人間腹は減るようにできてるらしい。食パンにバター塗って食べる。まだだいぶ時間に余裕あるな。
久々の早起きは気持ちがいい・・・なんて考えはさすがに浮かばなかった。





大学にはバスで行った。普段は自転車で行ける距離だが、昨日壊れた自転車はやはり今日も壊れていた。
いちいち細かい事が、これは現実なんだと認識させようとする。だが腕時計を見るたびにその現実を拒絶したくなる。


だっておかしいじゃないか。あと3ヶ月とか言われても、体のどこにも異常を感じないし、別に病気を患っているわけでもない。普通あと3ヶ月の命とかだったら、今頃大変な状態で苦しんでるはずじゃんか。どうせこの日付の数字が0になったって、死ぬはずはない。




1限目の授業の内容はヒロにはまるで入ってこなかった。いくら考えても結論の出ない問題を、90分間ひたすら考え続けた。






授業が終わった。マサと喫煙所のイスに座りながら、とりあえずヒロは昨日の出来事をすべて話した。


「お前・・・それは大変だ。一大事じゃないか。あー、俺あと3ヶ月の命だったら何するかなぁ」

「マサ、頼むよ、これマジなんだって」

「うーん、とりあえずあれかな、バイトやめて、何も気にせず遊びまくるな。けど問題は金だな。
あ、あとカワイイ女の子に片っ端からコクる。むしろ襲う」

「おい、聞けよ。今の俺がウソついてるように見えるか?」

「いや、あまりにも必死なのはすげぇ伝わるんだけどさぁ。なに、なんか映画の脚本でも書こうっての?」

「ちげーって!この腕時計もマジなんだよ!こんな日付表示ふつうないだろ?」

「そう、それな。だってさぁ・・・」

マサは時計を無理矢理はずそうとした。

「いってぇ、いてぇって!マジ、やめろって!」

マサの腕を振りほどく。

「はは、ちょっと、おもしろすぎるよヒロ。すげーマジっぽい」

「あーもう、お前・・・俺だって冗談だと思いたいよ」

「じゃあとりあえず、医者行ってレントゲンでも撮ってこいよ。血管とか流れてたりして」

「はぁ、どうすりゃ信じてくれるんだろうな」

「だからそんな顔されると、リアルっぽくて俺戸惑っちゃうっしょ?そろそろやめとこうそのネタ。
・・・あ、やっべ、次の授業出席取るからな。じゃな!」

「お前に相談した俺がバカだったよ」



マサは灰皿にタバコを放り投げて、次の教室に向かって走って行った。

さらに憂鬱な気分になりつつ、ヒロもタバコの火を消した。