確実なひとつが優等生のペルソナだ。
間違いなくインナーチャイルドだが、これが固くガードされている。
わたしの中で両親が占める割合は小さい。大人になるまでずっと一緒に暮らしており、原因なくそうではないだろう。
父は既に何年も前に亡くなっている。母は年老いているが相変わらずで、周りの人たちは苦労しているが、わたしはかわしも方向を変えさせることも出来る。
何があったのかというと衝撃的な事件などはない。

両親との関係に大きな問題があった(かもしれない)というだけでなく、わたしはスタートラインの時点で既に社会的に平均的ではなかった。
特徴としては、(1)人への恐れ、(2)常識として語られることが思いつかない
(今思えば(1)のせいだね。論理的にどうかというと、わたしのほうが正しかったみたいだ・・多くがどちらとも断言できないことだし、ほとんど誰でも適当なことを言っているし。)
(3)心の中でストーリや歴史を持つ世界を作り、自分を主人公とした物語を作っていた。
小学校へ入る前から小学校の低学年にこのような傾向はあったようだが、記憶は薄い。一方で受身ではないところ、(2)とも関係があるがユニークで活発なところがあった。これはワンダーチャイルドと思われ、活発なときには新しいもの生み出し、物事の魅力や意味、価値を作る。ワンダーチャイルドはわたしの人生のパイロットをしている、危険なものへも踏み込むし。

知的なことや天才へのコンプレックスというのが小学生時代にはあった。それは行動へ繋がり、小学校の高学年では、哲学、物理、工学などの専門書をなんとか読み、存在について考えていた。
中学生時代にもそのままエスカレートしていったが、この時期には母への反感が相当あった。
理不尽ということが強烈にわたしを傷つけた。それに対して、さまざまに説明しようとした。論理的にも、背景となる妥当性がどのあたりから来ているか。当然、効果はなく、心理的にバランスを崩した。 年齢的には肉体的にも精神的にもパワーを持て余しているし、それが自分自身を変化させたかもしれない。
うまくやるよりは激しくやる、という若い頃のスタイルもこのときからはっきりしている。

思えば、それ以降も、説明する、ということはひとつの傷のようだ。
母はどの程度理不尽だったのだろうか?(平気でうそをつく、それも子供ようなうそを。一方で自分の気持ちを通させる為にさまざまな振る舞いをする。賢い・・というか回転は速かったのだろう。) このあたりは男性と女性の違いの部分もある程度はありそうだ・・・ある程度だけど、・・・意外とその点での影響も大きいかもしれない。

両親はわたしを深く愛したと思う。やってくれた多くのこと、特に父が自分を犠牲にしながらも、考えてくれたこと、やってくれたことは多い。
が、感情としてそれを強く感じない。
わたしがどこか自分を大切に出来ず、愛するものにすべての意味を投げてしまうところがあるのは、何かこのあたりにある気がする。