頭を少し抱えて思うことがある。

どうやら自分は非常にネットの使い方が苦手な人間でどれが正しくてどれが正しくないのかというのが分からなかったりする。打ち込みで表現される文は手書きで表現される文に比べて、どこかしら味がないというか質感が漂ってこない。つまり今言いたい正しい正しくないというのはあくまで感情に関してなのだ。

定型的な明朝体やゴシック体などの表記はどこかしら冷たさを感じる。絵文字や顔文字をつけると決まってそれらに感情が生えたようになり、明確な根拠はないがなぜだか暖かさを感じてしまう。おそらくこのタイプの文字を使い始めた世代のことからじゃなければこれは思わないとも思う。

自分も含める現代の若者世代というのはこの冷たさを感じる表現だけで暖かみを表現するのがどうやら苦手らしい。作家が書く書物はこういった顔文字や絵文字がなかったとしてもなぜだか暖かみを感じられることのできる文章が構築されている。こんな言い方をすると作家以外の人が暖かみを感じられる文章を構築するのが苦手なように感じられる。

自分が伝えたい感情とは裏腹に相手に伝わってしまう別の感情がある。そして場合によってはその別の感情の方が大きな意味を持ってしまっているような気がする。

例えば友人に対して「明日の午後空いてる?ちょっと時間空けといてほしいんだけど。」のような連絡があったとする。
まず「明日の午後空いてる?ちょっと時間空けてほしいんだけど。」とそのままの文を見てみると、シンプルな連絡で特に変える必要はないと思う。
次に「明日の午後空いてる〜??ちょっと時間空けてほしいんだけど!」と少しおませな感じで書いたとしよう。これだと元の文に比べると明日は何かがあるのだろうとなぜか期待してしまうように感じられる、あるいは何か急用なのかな?とも思える。おませとは言ったが正直一番しっくりくる。
次に「明日の午後空いてる?💦ちょっと時間空けてほしいんだけど…😥」と絵文字を絡ませてみよう。ちょっと不安になる。いやマジでなんかあったのか?とガチで不安になる。
という3パターンを考えてみたわけだがおそらくまだまだパターンはあるでしょう。ちなみに自分は「明日の午後空いてる?汗時間空けといてほしいんだけど」のパターンが多い。賛否両論でいいかな。

普段から何気なく使っているから意識はしないがこうやって考えてみると同じ文でも何かしらのバリエーションを加えるだけでいろんな感情がよみとれるようになる。

そしてこれのバリエーションの誇張のしすぎと誇張しなさすぎの堅すぎる文がなぜだか場合によって伝えたい感情と裏腹の意味をもって相手に伝わってしまうことがある。「怒ってるのかな?」とか「ひやかしてんのか?」みたいな悪い感情になってしまうのがとても惜しい。

きっと自分は考えすぎなので、よく誤解をしてしまうことがあり、その都度自分を情けなく思ってしまう。それは連絡を受け取る側の場合であったり連絡をする側の場合でも起こりうる。

読んでくれている人も同じ経験をしているのならば幸いです。

話は文頭に戻り、手紙という媒体について触れておく。手紙というのは手書きであり、手に残り存在するものとして保存することができる。存在するものという表現を使ったのにはわけがあり、SNSにおける電子媒体はあくまでコンピューターの筆跡とするためこれらは打ち込まれたものとして表現したい。まあ簡単に区別化したいということだ。正直この表現に関してはめちゃくちゃ下手だと思う。

私たちは筆跡からあらゆることが推測できる。例えば文における濃くなった文字や流し書きされた文字。それぞれここを強調したかったのだろう、ここは簡単に読み流す程度で良いのかな、などいろいろと推測ができる。その字が少し震えていたら何か書き手側にあったのだろうか?とも推測ができる。

科学的に見れば筆跡というのは何パターンかに絞られるかもしれない。けれども自分は筆跡はすべて異なるものだと思いたい。

筆跡を残すものにも種類があり、華やかな便箋であったり、ノートの切れ端やメモ帳かもしれない、あるいは年賀状のような祝いを示す紙に書いてるかもしれない。

それらを組み合わせると少しばかりか書き手の気持ちが伝わってこないだろうか?

例えば整った綺麗な字が古風な便箋に書かれていたとするならば、書き手はきっと丁寧に思いを伝えたいのだろうと思える。またノートをちぎって乱雑に書いた文をみると書き手側は大雑把かつどーでもいい内容か、あるいは急用、などを伝えたいのかなと思える。

様々なパターンが展開されていくので手紙は面白い。

コンピューターで打ち込まれた文字を定型的と仮定すると、文と筆跡は非定型なものであると思う。もっと言えば自由なものだと思う。

だから自分は手紙が大好きだ。逆転してしまいそうな感情の表裏性を弱めてくれる。伝えたい感情をそのまま伝えてくれる。それはおそらく人の表情や声のトーンの代わりになっている。

その点を考えるとやはり作家は定型文字でもあそこまで表現するのが圧巻だなと思う。ある種表現のスペシャリストなんだな、と思う。

しかしまあSNSは便利で最高だ。毎日大切な人と連絡がとれるのって最高だな。手紙とSNSの両方をいい感じに使えるようになれたらそれはもっと最高だな。

って言ってる場合じゃない。二次試験に国語とか小論文などはない。

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