一昔前か二昔前の日本であれば、日々の生活と食料の生産は近い関係に
ありました。


 【生活-生産者-自然】

 【生活-店-生産者-自然】


くらいの関係でした。

食事を食べるときに生産者の顔が見えるくらいの関係です。



ところが、物流が高度化し、サービス業が増え、経済力が高まり、
食料の輸入率が増えてくると、この関係はどんどん離れてしまい、


 【生活-店(接客)-店(調理)-流通-商社-加工業-生産者-自然】


くらいにまで遠くなってしまいました。


昔であれば、わざわざ教えなくても、「いただきます」といえば、
食料を育んだ自然や農業や畜産業の方、そして食事を作ってくれる親に
感謝するということが、肌身で感じられたのでしょう。


ところが、現代では、食料がどうやって、誰に作られているのか
どうやって運ばれて、どうやって調理されて目の前の食事ができて
いるのか、まるきりわかりません。


「いだだきます」で怒る親は、社会の変化と教育の遅れによって
生み出されたのではないでしょうか。


http://ecokentei.green-nippon.com/


この100年くらいの間に先進国では自動車をはじめ、鉄道、バスなど多くの人を
遠くまで効率的に運ぶ交通インフラを整えてきました。

これにより私たちは移動にかける時間を節約し、浮いた時間をより余暇や仕事に充
てることができるようになったのです。

交通インフラのある国とない国では、1日のうち移動にかける時間に大きな差異が
あります。

水を手に入れるにも一日3時間も徒歩で往復が必要な人たちもいれば蛇口をひねれ
ば手に入る人もいるのです。

その格差は大きなはずです。

ところが、世界各国の人たちが1日のうちで移動にかける時間をモニターしたとこ
ろ、富める国の人も貧しい国の人も、自動車を持っている人も、持っていない人
も、地方に住んでいる人も、都会に住んでいる人も、一日のうちで移動にかける時
間はほとんど同じで、1時間から1.5時間程度だというのです。

あなたも同じようなものではないですか?


なぜこんなことが起こるのでしょうか?

何のために富める国はいままで膨大なコストとエネルギーをかけて、道路や自動車
や鉄道網などを構築してきたのでしょう?



技術の進歩により同じ距離であれば、より短時間で移動できるようになったのです
が、その分、より遠くまで行けるようになりました。

遠くの会社まで勤務でき、遠くのショッピングセンターまでお買い物に出かけら
れ、より遠くの遊園地にまで遊びにいける。

しかし、道路を作れば、自動車を買う人が増え、より遠くに出かけ、そして渋滞を
招く。

結局、便利な交通手段を手に入れても、人々は貧しかったときと同じ時間だけ移動
に費やしてしまっているのです。

もっと移動にかける時間を短くして、その分を別のことに使えばよいのですが、人
間というものはそうはできないようです。


http://www.oasis-water.net/