長崎出身の現代美術作家で国際的に活躍され、後進の育成にも寄与された故・前田齊(ひとし)さんの遺作を集めた「前田齊」展が長崎県美術館で開かれている。2016年に同館で開いた「前田齊と間」展以来の前田作品の鑑賞だった。

 私と同じ長与町に住まわれていた頃は何度か自宅を訪問。後には横浜に居を移されたが、まだ自然の名残のあるお宅を訪ね、庭から一緒に富士山を遠望した思い出が懐かしくよみがえる。その居間の襖には、スペインの美術学院で研鑽されていた息子さんのカリグラフィーが大きく描かれており、父親のわが子に寄せる期待の熱さが思われた。

 私が出版の仕事をしていた頃、クライアント(著者)から前田さんの作品を挿絵に、との要望があった。頭を寄せ合って掲載作品を選定したのだが、「挿絵としての扱いはもったいない」と著者と合意。結局、選別しきらず、著者と画家との合本のような体裁にしたのだった。前田さんは、著者の希望をほとんど受け入れてくださった。

 

 さて前田展。〝前田芸術〟といえば彼のデザイナーとしての出自から「フォルムの反復」「デザイン的感覚」が特徴とされる。初期の「類化」「人間市場」「人型シリーズ」は真っ暗な闇にうっすらと肖像が浮かび、リアリストの面を強く残存させ、若さ?を反映させた作品。時代と世間を見つめた末に到達した画面に違いはない。

 続く「MAシリーズ」「ENDLESS」「Chocolate City」では、もはや意思は吸引力を失い、無意識が作家の内面の闇を支配、ついには宇宙的意思とのせめぎ合いに身を削り大作を生み出す、といった修行的営為に到達する。その世界は眼前ではなくひたすら内面世界。そして、作家を支配するものは「線と円」なのだろうか。ドローイングの可能性に挑み続けた苦闘を思わずにはいられない。

展示の作品群は、前田齊という求道の作家の生きた現場を伝えてくれ、無言の遺志と前田芸術の永遠の軌跡を気付かせてくれる。

 ▲同展は8月7日まで(第2第4月曜休館)▲「前田齊追悼展」=7月15~19日に長崎市・コクラヤギャラリー4階▲「前田齊作品展」=8月31日まで、アイランド・ナガサキ(伊王島町)