街中を彷徨う、 あるいは街路に立つ、そんな一人の若者を描いた半具象の平面作品が印象深い作家。 明度の高い絵の具を走らせたカンバスには若い抒情が流れ、画中の若者に自身にまつわる物語を語らせていた。

 そんな〝語る絵描き〟大澤弘輝(長崎市)が、この個展で〝語らないアーティスト〟としてデビューした。抽象の世界、新たな美術への挑戦である。

 「大澤弘輝 ドローイングとなにか展『まぶしくてたつしかない』」(5月5日まで、長崎市樺島町・カリオモンズコーヒー長崎店)。100号のパネルをはじめ大小の画用紙あるいは壁に、アクリル絵の具や鉛筆、コンテなどで描いた抽象画。画面には線が縦横に踊りくねる。アクリルだけではなくコンテや鉛筆による線がバラエティに富んだ世界を創出。無造作?に貼りつけた輪ゴムが意外な存在感を示す。これも線であろう。壁に掛けた蛇を思わせる粘土の立体は、それこそ「線あるいは流れの動きの立体化」を試みた作品。

 テラコッタのオブジェはユーモラスだが、作家の思い入れは深い。ブラシに乗ったくねった太い線たちである。「線の立体化」というが、発想の元は60年代に美術界を席巻した九州派オチ・オサムの紙巻タバコのオブジェ。遺作の整理に参加した際に一見した感動がこの新作オブジェとなったらしい。

 「身体性に委ねる」「粘土も手びねり」-などと制作では意図を排除したという。「何かのためではなく、色として素材のまま絵の具も使った」と強調する。

 ただただ「線」を引く、「色」を塗る、満足できるまで。そのうち画中に線の存在が浮き彫りになる。今、美術界で注目の、線の重なりにより奥行きを表現する「レイヤー」なる技法も手掛けた。

 作家は1992年生まれ。素材も方法も画風も今のところ「多彩・多様」を思わせる作品群だが、いずれ絞り込まれて、アーティスト・大澤の美術が鮮明な姿となって我々の前に現われる日が来るだろう。

                     パネル作品 線の造形大澤と作品左に三角溝

 個展会場のカフェ「カリオモンズコーヒー長崎店」はJR長崎駅に近い市街地に立つ造船組合ビルの1階。電車通りから一つ裏通りの古いビル。造船業界華やかしころのドッシリとした建築で、そばを居留地時代の名残りの三角溝が生きている。カフェも広いスペースで落ち着いた雰囲気。洒落たラテアートが、うまいコーヒーを一層味わいを増し、楽しませてくれる。