アイザック・アシモフの「ミクロの決死圏」を読んだ。ハヤカワSF文庫の昭和48年8月八刷版。一読では、過去に読んだ記憶が蘇らず、発行当時は読まないままで、筋書きの記憶は映画やテレビで刷り込まれたようだ。映像も記憶に残っている。
原作者アシモフはロボットものの古典的名著「われはロボット」の作者。人間の手で工学的に造られるロボットに対して、人間をロボット化する行程に興味があった。いわばサイボーグの一種だ。
東西冷戦時を背景に、東側のチェコの学者の亡命を助ける米秘密情報部員が主人公だが、亡命を成功させた直後、搬送中の攻撃で学者の脳が傷ついてしまう。その学者の最高度の知識こそ必要としていた中枢部は、当時の最先端の科学、物体を縮小する技術を用いて情報部員や医師、科学者ら5人を潜航艇とともにミクロ大に縮小し、亡命学者の脳に送り込み血種部をレーザー光線で溶解する、といった筋書き。
しかし、当時の縮小技術では時間的制限があり、60分で膨張が始まる。実は、傷ついた学者こそが、その縮小の無限化方法を編み出したのだった。
頸部から潜航艇で血管に侵入した5人は動脈・心臓・毛細血管・肺臓・肋膜・リンパ管・耳・大脳ーと潜航し、血種部に達する。その間、血液の激流や白血球、血小板、リンパ節との格闘。時間との競争。患部に達した矢先の一人の裏切り行為…。これらの難関を乗り越え、膨張寸前、耳から脱出の予定だった彼らだが…。
ところで、狐狸庵先生こと遠藤周作のユーモア小説に、この名作のパロディがあった。そこでは先生あこがれの美人女優・吉永小百合の便秘の治療に体内に入る(たしかそうだった?)。 そして目的を果たして危機一発、脱出するのだが、その個所がまさにユーモラス。
一方で、未来世界を空想するアシモフは稀代のロマンチストのようだ。大任を果たした彼らが脱出したのは目だった。ポロリと流れ出た涙に包まれてゴミ粒のように救い出される。その涙は、祖国を棄てた男の涙である。
コロナ禍の今、メディアを賑わす「抗体」ではあるが、その抗体の不気味な活動もスリル満点に描かれる。〝今どき〟のSF未来小説である。