数年前の事、職場の窓から眺める長崎・稲佐山の奇形ともいえる山体に、私は長崎原爆の被害・影響を妄想した。大岩が無造作に、あちこちに張り出し、強力な力による崩壊の跡を思ったのだ。

 それでも春になると、山肌の緑の中にピンクの桜があちこちに咲き誇り、そのことも原爆からの復興を思ったりした。そこで当時、浮かんだ短歌もどきー。

 

  晴れの日の稲佐山脈威儀正し桜のコサージュ陽に照り返る

  パソコンの眼をフと上げればなだらかに稲佐山脈パーン

  稲佐山桜吹ぶきに気付かぬか眠り続けるキングコング

 

 ところが、1986年5月6日付の長崎新聞。

 「稲佐山で恐怖の落石 直径40センチ 重さ30キロ 女性3人軽いけが 野外音楽堂」と大きく報道している。たまたま見つけた近過去の記事。これも原爆で山体に緩みというか異常が生じていたのでは? などと短歌もどきに込めた思いの、当たらずとも遠からじを確認した次第。

 写真には、けがをしてうつ伏せに倒れ、助けを待つ女性が写っている。すごいなあ、と感心したのだが、当時はこのような写真も掲載を許されていたようだ。

 それにしても稲佐山。今でこそ、ロープウエイのゴンドラをリニューアルし、世界新三大夜景を望む絶景スポットとして売り出しているのだが、長崎原爆の〝被害者〟であり〝目撃者〟。

「原爆と稲佐山」を考えることもあっていいのではーと思った。