長与町議会本会議の一般質問をユーチューブで聞いていて気付いた。質問の仕方に演繹法(三段論法)と帰納法の二つがあるようだ。

 ご存知の方も多いかと思うが、演繹法は①人間はいつか死ぬ②ソクラテスは人間である③ゆえにソクラテスは死ぬ。帰納法は①ソクラテスは死んだ②アリストテレスは死んだ③クリトンも死んだ④ゆえにデカルトも死ぬだろう――。

 演繹法による問題提起は追及型で、先に結論ありきの質問に有効のように思える。「AはBだ。BはCだ。だからAもCではないか」といった具合で簡単明瞭に事の在りようが理解できる。しかし帰納法は追及よりも事の本質を解明するための議論に適しているようで、私の場合は帰納法による質問の展開が好ましいように思える。

 「町の道路事情」の質問が相次いだ今議会だったが、質問の趣旨は「町民に安全な道路づくり」であり、質問の目的は町当局の道路政策を明らかにすることだった、と言える。道路を取り巻く諸事情を多方面から解明しようと、各議員が持ち味を発揮。町の各課長らを立たせて道路政策を総ざらいしてくれ、あたかも「長与の道路大全」を眺めるような思いだった。

 空き家問題の質問も、事の総ざらいを思わせる追及だった。さまざまな観点から問題点を洗い出し、質問を繰り出していた。ただ、何か結論を得るのであれば、演繹法による質問で解決方を明らかにすることも必要だったと思える。昨年末の議会で同じ趣旨の質問が出たのだが、住民の要望で再質問となったらしい。住民の要望がどのようなものだったのか、具体的に示してほしかった。目的が明確ならば、追及が解決策に収斂されていたかもしれない。

 いずれにしろ、「長与の空き家大全」の完成だった。準備の努力と追及のエネルギーが伺えて好もしい質問だった。