「AIに残されたフロンティアは芸術」「AIはどこまで人の心を揺さぶることができた(できる)のか」ーーこれは「芸術はAIにとって代われるか」の問いと併せ、芸術に携わる人すべての脳裡に潜む問いであり、永遠に続く課題かもしれない。
この問いに果敢に挑んだ大プロジェクトが昨日、NHKテレビで紹介された。
国民的歌手、あの美空ひばりを復活させ、新曲を歌わせるという感動的な試みである。
果たして「AIがひばりの歌声を再現できるのか」。
挑むのは作詞家の秋元康をはじめ、その道のトップクラスの人々、芸術と科学がタッグを組んだ陣容である。
ひばりの歌声は、いつ、何度聞いても感涙を絞らせる。ビブラートや裏声など独特の歌唱で「七色の歌声を持つ」とされ、生涯1500曲をレコーディングしたという。この「天文学的な数の音」を用意する、すなわちAIに学ばせる、という不可能に近い事業だ。
携わる人々はAIプログラマーやエンジニアをはじめ、秋元ら音楽家、音作りの先端を走る人々と歌手。さらに服飾デザイナーの森英恵など、ひばりゆかりの人々。そして今も続くファンたちだ。
まず、台詞入りの新曲「あれから」を秋元康が作詞。曲は秋元が選んだ佐藤嘉風の曲。それを「アナと雪の女王」などで、ひばりの音色を学ばせたAIに歌わせてみる。さらに「悲しい酒」で語り(台詞)の調子を学ばせ、AIに歌声を自己学習、再生させた。
ひとまず出来栄えをみると、正確に歌詞を拾うAIなのだが、この試行の段階では、スタッフやファンからダメ出しが続く。「独特の力が感じられない」「言葉がはっきりしない」。そして秋元も「(ひばり独特の)雑味、人間臭さ、温かみが感じられない。ひばりの凄さはそこにこそある」と指摘。
新曲のたびに自分で振り付けていた、というひばりである。公式通りにはいかない。AIの困難さが素人にも伝わってくる。
だがスタッフはあきらめず、再び復活に取り組む。
そんな苦労の末に、生き返った歌姫・美空ひばりの、あの歌声。いよいよ完成披露のステージである。
新曲のイントロに乗って現れた純白のドレス姿のひばり。楽譜と歌詞を与えると歌いだす等身大の3D映像「ボーカロイド」が「お久しぶりです」とファンに向かって声を掛け、新曲「あれから」を生きているように歌い出した。
「あれから どうして いましたか わたしも歳をとりました 今でも昔の歌を 気付くと口ずさんでいますー」
スタッフたちはそれぞれの思いで涙を流し、しみじみと歌うひばりを見つめている。
プロジェクトをリポートした歌手でダンサー三浦大知のエンディングの言葉「再会したいという情熱がAIに命を与えた」が印象に残った。
AIと人間の関係、AIの役割ー。
先日、やはりNHKで、モネの睡蓮シリーズの大作の約三分の一にも及ぶ欠落部分をAIで再生するプロジェクトを放送していた。で、今回のプロジェクトである。AIが美空ひばりと、ゆかりの人々やファンとの心のすき間を埋める役割を担ってくれたようだ。
この「欠落、すき間」といった言葉がキーワードのように思える。
AIと人間の関係。結論はまだ遠いのだが、こんなプロジェクトの積み重ねの先に、答えが見えてくる課題なのだろう。