長崎県の被爆者で詩人の故山田かんさんに、最期の詩集となった「長崎碇泊所」がある。
衒いのない詩語の重層が「碇泊所」に私を誘い込む。
語りで描かれた風景は全面灰色で静寂の世界だ。ホームもベンチもあるにはあるのだが、
さてどこの駅? いつだったか、私も一度は身を置いた駅ホームの風景ではあるのだ。
静寂、どこまでも静寂……。遠く、さらに遠く、だれかが呼んでいる。ジョバンニかカンパネルラか。私を、いや他の誰かを呼んでいる。私は下車するのか、乗り込む人か、どうすればいい?
灰色のベールと静寂の世界。死の訪れと共に、神の世界に身を置いたかんさんは長崎碇泊所から、あのシャイな笑みを浮かべて乗り込んだのか。
愛してやまなかった聡明な妹を結核で亡くした宮沢賢治。山田かんも明るい愛おしい妹を原爆の絶望の果てに自死させてしまった。
肉親であり恋人でもあったであろう大切な妹の死。二人の優れた詩人は、吾の欲望を越えて妹と「サザンクロス駅」で別れ、それぞれ一人『永遠の国』を目指す。生きとし生けるもののために。
詩という救いの文芸を携えて。
かんさん、「碇泊所」はどこ?