昔のバイト仲間がいた。この人は働きながら司法試験を目指していた。
バイト先でも管理職からの評価も高かった人だ。僕がバイトを辞めてから数年後、彼女は懸賞小説に応募するから、知恵を貸せと言ってきた。
古代日本の人間模様を書くとかで、ムラの人口は何人が妥当かとか、人々の生活圏は何キロかとか、そういうことを色々聞いていた。こちらは分かる範囲で答えたのであった。
その後、入賞したという電話を貰った。受賞作が単行本になるとのこと。但し半分は自己負担、半分は出版社が負担するとのこと。
自己負担だけで150万円必要で、貯金は50万円あるが、残り100万何とかならないかということであった。
彼女は一応、非正規社員をしながら司法試験受験生ということだったが、殆どの人がロースクールに行くというのに、彼女は一般司法試験。こちらはとんでもなく難しく、三振制度で受験資格を失ったロースクール卒業生が一般司法試験に合格したという話を聞いたことがない。ロースクールすら行ったことのない人が果たして合格できるのだろうかと僕は疑問に思っていた。
話を聞いて分かってきた。そもそも受験生には懸賞小説なんて書いている時間はないはずだ。彼女も合格は難しいと思い、最後の力を振り絞って小説に向けたのであった。
このチャンスを逃すと、二度と出版できないかもしれない。そこで出版社が提携しているローンを借りたいので保証人になって欲しいとのことだった。
こちらも考えました。そして助けてあげようと決断した。
早速、書類が送られてきた。小さな文字でびっしり書かれており、法律の素人としては読むのに苦労した。
読んでみて分かったのは、一般保証人だと電話で言ってたのに、連帯保証人と書かれていたことだ。連帯保証人になると、債権者は債務者に催告せず、連帯保証人にいきなり請求することができる。つまり自分が借金をしたのと同じことなのだ。
彼女にそれを指摘すると、あっさり、最初から知っていたと認めた。弁護士を目指すぐらいだから、見逃す訳がない。しかも黙っていればばれないだろうと言ったのだ。
当然、こちらは拒否し、彼女の出版は白紙になった。その後、何度も電話が来た。お前が保証人にならなかったから、自分の最後の夢がダメになった。お前のところに遺書を送り付け、化けて出てやると・・・・・
その後、どうなったかは分からない。多分、経済苦と何年勉強しても受からないというプレッシャーで彼女は精神的に追い詰められたのだと思う。
何故か、彼女の電話番号を今でも思い出すことが出来る。記憶力の悪い自分としては珍しいことだ。それだけ印象が強烈だったということだろう。勿論、電話を二度と掛けることはなかった。そして遺書も届かなかったし、お化けが部屋に出たということもない。ま、どこかでひっそりと生きているのだろう。
ちなみにこの人にとって、弁護士は手段であり、国会議員になって見捨てられた子供たちを救うために法律を変えるのが夢だと言っていた。
その志は立派だし、能力も高かったので、お金と時間があれば、ロースクールに行って弁護士になっていたかもしれない。
残念ですが、与えられた条件は平等でない以上、自分の出来る範囲で精一杯やるしかないと思います。