知的財産権専門の行政書士の話 | 猫好きのブログ

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資格試験とその応用

 ある行政書士の話

 

 仮にAさんとしておこう。大手企業の事務職のAさんは特許に関心があった。会社を辞めて将来は知的財産権に関する仕事を独立してやりたいと考え、行政書士試験に合格した。更にAさんは特許専門職大学院に入学して特許に関する専門知識を学び、国家資格である知的財産管理技能士の資格を取得し、退職してから行政書士事務所を開業した。

 

 ただの行政書士なら同業者と差別化できないが、Aさんは専門分野を深く掘り下げることに成功した。しかも知的財産権は将来、伸びる分野である。ではAさんの起業は上手くいったか?

 

 結論から言うと、所得がサラリーマン時代の何分の一になってしまったのである。Aさんは人付き合いもよく人脈もあるはずだが・・・・。

 

 何故上手くいかなかったのか?それは事業化(商売)の見通しが甘かったからだ。確かに今の時代、専門性を持つことは有利であるが、自分のお客が必ずしも事業者が想定している専門知識を求めているとは限らない。

 

 特に学のある人ほど、頭で考える傾向があるため、製品志向になりやすい。いい製品を作れば客は分かってくれるはずだというやつだ。しかし客は事業者がいいと思う製品ではなく、自分のニーズを満たす製品を望むものである。学問というものは、顧客や世論に妥協せず正しい道、真理を探究するものであるから、独善的になりやすい。 従って高度な知識は役に立つはずだという先入観によって、顧客ニーズとずれてしまうわけだ。

 

 大体、特許といっても関心のあるのは大企業と先進的な技術系の中小企業だけで、普通の会社は未だそこまで意識が追いついていないのが現状である。日経新聞などを読むと、特許戦略が重要であり、各社の取り組みが書かれてして大変参考になるものの、それは研究開発に数百億円も掛けているようなリーディングカンパニーの話である。

 

 そもそも中小企業の場合、特許を取らずノウハウを秘蔵するケースが多いので、行政書士に頼むことは一般的ではない。もし特許専門の行政書士事務所にするのなら、狭いエリアではなく、全国を商圏として、知的財産権に関する意識の高い企業を想定客にしないとならない。

 

 とすると今度は特許の専門家である弁理士(事務所)と競合することになる。特許出願手続き代理は弁理士のみに認められている独占業務であるため、出願代理が出来ない行政書士は弁理士との棲み分けが出来るように差別化する必要がある。

 

 このように考えるとAさんの起業は甘いと言わざるを得ない。特定分野を専門にするためには、商品のコンセプトがしっかりしていないと中途半端になるのだ。現実に専門性が重要だと言われながら、複数の分野の業務を同時に行う行政書士事務所が一般的なのは、社会の安定した需要があるからだろう(建設業許可申請、産業廃棄物許可申請などは、素人が簡単に書ける代物ではないし、業者の数も多いので需要が多くなる)。確かに他の事務所とは商品内容で高度な差別化は出来ないかもしれないが、日頃得意先への細かいサービス(電話一本で駆け付けるとか、どんな相談でも気軽に乗るとか、専門外のことは他の士業を紹介するなど)を行うことによって、顧客が他の事務所に乗り換えることを回避しているわけだ。

 

 Aさんのようなタイプは行政書士よりも弁理士を目指した方がよかったかもしれない。特許専門大学院を出ると弁理士の短答式が免除になるが、しかし弁理士試験自体、司法試験とそれほど変わらない水準であることを考慮すると年齢的に厳しいかもしれない。弁理士は理工系出身者が圧倒的に多く、博士号を持っている人がかなりいるので特許事務所やメーカーの特許部の勤務歴のないAさんにとっては試験だけでなく、実務的にもかなり高いハードルに思える。