3月19日 土曜日
あれから1週間がたちました。
昨日は、18日、娘の卒業式でした・・・・。
義務教育の9年間を思い、
ちょうどそれが、研究に明け暮れた7年間と重なり
今思うと、娘には、本当に寂しい思いをさせました・・・・
夕方、自宅に戻り、夕食準備をして、下の子を寝かしつけてから、また研究室へ戻り
明け方、また自宅に戻り、朝ごはんの準備して
子どもたちを送り出し、また大学へ・・・
授業参観にも6年間で12回・・・・・、そう、つまり、最初と最後だけ参加。
中学校に入ると部活に没頭する姿に、応援したくてもなかなか試合の応援に行けず
それでも、最後の3年生の都大会にだけは。。。 と応援にいき、
ベスト8の、素晴らしい試合を応援できました
学校の準備も小学1年生のときから一度も一緒に準備をしたことがなく
おそらく、今考えると、最初のうちは忘れ物が多かっただろうな~と・・・。
親は居なくても子は育つといいますが、ほんとにそうですね。
ただ、いまでも、一度だけ、覚えている娘の泣き顔・・・・
下の子を妊娠したとき、既にそれまで流産を繰り返していたので
すぐに入院となりました。
実家の母に来てもらい、毎日おばあちゃんとパパと過ごす日々。
真冬の寒い雪が降りしきる中、保育園からの帰りに毎日寄ってくれるのですが
帰り際に見せる、声を出さずに、涙をつ~と流す、その姿に、
抱きしめても、抱きしめても、愛おしくて、私も涙が止まりませんでした。
おそらくものすごく寂しかっただろうに・・・
実家の祖父母の協力や周囲の協力、先輩からの励まし、
そしてなによりも夫の協力で、
下の子が生まれてきてからも、その優しい姉としての行動に
親でも、びっくりするくらい、素直な、心優しいお姉ちゃんでした・・・・・。
下の子が生まれてきたときに自分に誓ったことは、
絶対に、娘を「オネエサン」扱いしないこと、でした。
彼女は、好きで、「姉」という存在になったわけではなく
いつまでも甘えたい心はあるのですから・・・・。
下の子が生まれたら、上の子をかわいがれ、とよく昔の人もいったものですが
できるだけ、そうしてきました・・・・。
もちろん反抗期もありました。
でも、あんな小さかった娘が今、精一杯自己アイデンティティの確立のために
賢明に脳を働かせていると思うと、ほとんど腹も立たず、
いつの間に、反抗期も通り過ぎていました・・・。
義務教育の9年間、ホントに、ホントに、あっという間でした。
私自身、大人になって15歳。
これまで、娘に助けられてきた人生です。
家族の存在は、本当に人間を強くさせます。
たとえ3日くらい徹夜してでも、絶対に運動会には出るぞ~とか、
イベントの前には、ものすごく力が出ます。
守るべき者が存在すると、人間は本当に強くなれると改めてこの9年間を思いました・・・
女は弱し、されど母は強し・・・
子育てしながら仕事をすることの大変さを実感したからこそ
これからは、もっとそんな社会を変えたい・・・・そう思い続けています。
すみません、また長くなりました・・・
卒業式、無事、終わりました・・・
原発事故は、2号機が危険といわれています(報道ではあまり触れられませんが)・・・・・。
電源外部から来ても内部損傷が激しく・・・・。
そんな、これからどうなるかわからないときに、無事、卒業式が終えたことに
心から感謝し、これまで支えて下さった多くの皆様に、感謝の念でいっぱいです・・・。
ありがとうございます
これからもよろしくお願いいたします・・・
みっちゃん