事業会社から外資系企業に転職して少し時間が経ちましたが、そこで感じた心の変化が一つ。
金の余裕は心の余裕であること。

前職は業界でも最大手ではありましたが、給与水準を他社(例えば、電通やソニー)と比較すると、見劣りする金額でした。
あるボーナスシーズンの時に、他社で50%の金額よりも前職の満額が少ないという事実を知った時、
なんだか悲しくなったのを覚えています。

労働で見たら同じなのに、給与が異なるのはなぜなのか?という疑念と、10~20年以上先輩である社員の普段の生活の質素さが僕にとっては悲しい出来事の一つでした。

高給な仕事は、体力を使うか知的資産を使います。それらと交換して得られるのが対価です。
商社や代理店は体力を使います。
コンサルや投資銀行は体力と知的資産を使います。
やっぱり誰もが出来る芸当ではないため、その付加価値分は高い給与に反映されるものであると自分の中では理解しています(違うだろテメーという意見だってもちろんあると思います)。

外資系企業に移ってからは、相当給与が上がったこともあり、
余裕ができる一方で、無駄遣いが減りました。
前職のお金がないときは、なぜだか無駄にお金を使ってしまい、何に支出したのか不明でした。
その繰り返しを行うものだから、お金はたまりません。

今は使うべきものと使う必要がないものはきちんと整理しています。
それゆえ、使うときは使うのですが、変に値段を気にすることも少なくなり、
それが心の余裕に繋がっていると感じています。

お金は本当に大事だなとつくづく思う様になりました。
僕が最近転職したこともあり、何人かから僕のところへ連絡がありました。
恐らく、これからのキャリア相談になるのだと思います。
前職の同期やビジネススクールで一緒だった人、大学の後輩など様々です。

転職は自身のキャリアを見直し、将来を踏まえた時間投資戦略でもあるので、
準備をしっかり行い、取るべきリスクを取って迅速な行動が吉と出ると感じています(経験談)。

転職自体は、自身のキャリアアップだったり、将来達成したい目標に近づくための手段ですが、
副次的要素として収入の増加も見逃せないポイントです。

僕は転職によって、収入が前職と比べ大きく伸びた事もあり、
生活する上での選択肢が大きく広がりました。
もともと物欲はないのですが、仕事上良いものを身につける必要があるため、
バック、名刺入れ、スーツ、ネクタイ、時計、靴など高品質なモノを買い始めました。
割合高価なので、少しびっくりしてしまいますが。

また、忙しくなるためたくさんは経験出来ませんが、
旅や食への関心がより高くなりました。
質の高い体験にお金を使っていこうと思っています。
一方で、生活水準は上げる事はせず、むしろ今まで無駄遣いしていた費用を極力抑えていこうと、
エクセルを活用した費用管理を始めました。

毎月の状況をグラフ化して、定期的に自分のお金の使い道を把握し、
資産管理を行う方針です。

こんな視点が得られたのも転職が成功したからでしょう。
安易に転職はおすすめしませんが、自分のビジョンがある方には選択肢を増やすチャンスなのだと思います。
今やっとスタート地点に立った自分にとって、少し前はどんなんだったかな?と思い、
約5ヶ月前の記事を振り返ってみました。

こんな記事でした。
そろそろアプライを

ちょうど、アプライし始めだったと思います。
また前職へ退職の意向を話したところ、通常の転職と比較し、
厳しい状況(辞める日が確定して)からのスタートでした。

そこから数ヶ月は本当に苦しい期間でしたが、
必死に自分を高め、得られる情報は直接アポを取り、寝る暇を惜しんで、取り組んでいたのを思い出します。
縁あって、3社のオファーを頂き、今は当初の志望であった外資系戦略コンサルティングファームにて、
戦略コンサルティングをスタートしています。

非常にエキサイティングですし、当時の自分の選択は良いものだったと思います。
これからもっともっと成長して、少しでも世の中を楽しく良いものにして行ければと思っています。



転職して約2週間が経験しました。
同じタイミングで入社した同期が数人いて、彼らとは切磋琢磨しています。
僕のように社会人経験数年~11年目ぐらいの人達で、出身業界も商社、コンサル、ITなど様々です。
ちょうど最近まで研修期間だったのですが、とても仲良くなりました。

やっぱりなんだかんだ、転職した後は不安になるものです。
そんな時、同じタイミングで入社した年齢も経験も異なる同期の存在は本当に大きいなと感じています。

みんなキャラは異なるけど、それがとても良い感じで、彼らと出会えて良かったと感じています。
出来れば、一緒に仕事がしたいなと。

外資系企業は、フラットかなと思いましたが、確かにフラットです。
変な調整がないのは、とても良いなーと感じています。

一方で、コンサルティングはパートナーの元、門下生のようなスタイルもあるため、
いかに周囲に気に入ってもらうかもとても大事です。
例えば、面接でエアポートテストをしている企業がありますが、やはり人間関係をうまく構築していくことは、必須であり、特に外資系企業では重要だなと感じました。

これから、新しい挑戦が始まりますが、改めて恵まれた環境を獲得出来た事、またそのようなチャンスを与えてくれたファームに感謝しつつ、自分のミッションを果たしていきたいと思いました。
先日:知的資産を活用出来ない人達-なんて馬鹿げたことをしているのか?
を書きました。
母校の就職支援を毎年引き受けていることもあり、最近の有名大学の就職状況や行き先は把握している故の仮説だったのですが、その翌日に朝日のでも同様の記事がありました。
早慶女子「一般職」に殺到 「長く働きたい」裏の本音

気持ちはわからなくはないけど、本当に知的資産の有効活用という視点ではもったいないような気がしています。機会損失とまでは言い過ぎかもしれませんが、もっと欲を持って、ハングリーに行きていってほしいなと思います。

この記事で常見さんが、一般職は戦場でありなめんなというコメントを残されておりますが、
たしかに組織の業務という観点では正しいですが、個人のキャリアしいては知的資産の活用という観点では、明らかな損失です。グローバルでは女性のキャリア構築が当たり前ですし、女性視点は極めて重要な経営戦略の一つでもあります。

そういうグローバルな当たり前と、日本の保守傾向を比較し、ヤバいよなと感じずにはいられませんでした。

自分にどんな才能があるかわからないって?
そんなん自分で定義しちゃえばいいのさ。

ひとえに才能といっても、単純に数値化できるものばかりでなく、
故に相対的に感じられるものなのかもしれない。
また相対的とはいっても、相対する母数の環境やレベルにより、才能度は違ってくると思われる。

しかしながら、才能は知的資産であり、それを活用しどんどんチャレンジしていけばいいのだと思います。
また、才能は行動を通して磨かれるものであるとも思っています。

才能=自分の相対的な強み×継続しうる特性
だと考えています。自分の能力とそれが苦にならない領域、いわば資質ですね。
こえwが大事だと経験上思います。

であれば、例えば、行動力がバツグンだったり、対人人間関係力に優れていたり、分析能力と将来予測に強かったり、直感が凄すぎたりとか、いろいろあるわけです。いわば個人の資質、特性に近いものだと思います。

それらを持ち合わせているのであれば、どんどんチャレンジし、新たなアウトプットを生み出して行く事が、世の中を良い方向にしていける個人で出来る方法なのではないかなと最近感じる様になりました。

僕なんかは、元々好奇心が強く、将来は宇宙を研究する科学者になりたいと想い、
大学も理系学部に進みました。
結果として、今はビジネスのフィールドにいますが、
僕の資質である好奇心、行動力、分析など、これからの仕事に役立つものだと思います。
そういう資質があったおかげで、縁あって戦略コンサルの道も開かれたのではないかと思います。

行動力にずば抜けている人は、海外世界1週したりして、世界中に友人をつくり、
その後グローバルで起業したりする人もいます。
僕も身近にも、社会人2年目で会社を辞め、今なお2年目の世界一周を行っている先輩がいます。

世の中は、スキルだの市場価値だのいろいろと経験した事をお金に換えようとする風潮があまりにも多い気がします。でもそれって、経験したことに対してであり、個々人の持っている特有の資質には、言及されていないですよね(もし、経験の中に資質が含まれていれば、goodですね)。

むしろ、自分の資質、いわば才能をどんどん強化し、知的資産化を行い、それをお金に換えることが出来れば、それが一番人生を豊かに、そして人生を面白くクリエイト出来るんじゃないかと思う様になってきました。

それを感じたのが、最近アジアを旅していて感じたためです。
例えば、バンコクでは、それこそ物売りがたくさんいますが、「自分のパフォーマンスに金をくれ」という人もいるし、物乞いもたくさんいるわけです。

インドネシアでは、目の前に高級ホテルがあるにもかかわらず、その手前の歩道橋では、貧しい母子や両足のない物乞いが数多く存在していました。
途中、スコールがすごかったのですが、僕は熱帯で汗だくな中、ずぶぬれになるという、不快な状況でしたが、一方すぐにホテルで快適な温水シャワーを浴びれる訳です。
一方、先ほどの物乞いの人達は、ずぶぬれのまま、汚れたまま、しかし何も出来ないのが現実なのです。

そこで、強く感じたのは、たまたま日本の中流家庭に生まれ、たまたま運良く大学に入り、
運良く就職活動、転職も行き、結果このような生活をしているけれど、それって、本当にたまたまなんだなと。もちろん、各プロセスは死にもの狂いで、0から這い上がってきた自負は誰よりもあります。

しかし、アジアの現実と対峙し、生まれた場所、環境・・・でこんなにも違いがありすぎりのかと、改めて考えさせられる場面に、自分のミッションを意識せずにはいられませんでした。

つまるところ、やはりこの恵まれた環境は、世の中をより良くするために進んで行く必要があるのだと、そのためにとても努力はしたけれど今の開かれた道があるのだと。
天に与えられているのだと思いました。だからこそ、自分のためでもあるけれど、世の中のためになっているのか?世の中を良くしていることなのか?を強く意識し、今後いっそう取り組んで行きたいと気づきを得る事ができました。

なので、自分の資質、才能があれば、どんどんチャレンジすべきであり(若ければ若いほど)、
それが世の中のより良い方向を向かう小さいけれども時間をかければ大きな力になるんだと、
僕は純粋に思うようになりました。

新しいチャレンジ、頑張りたいと思います。

















最近、twitter上でノマド批判が数多く展開されていますが、ノマド推進側と批判側では、年齢層に違いがあるように感じました。
以下は雑感なので、感じたままに。

●ノマド推進側
・割と20代くらい
・社会人経験0~5年ぐらい
・個人の働き方というものに大きな関心がある
・常時twitter等を通して情報発信を行っている

一方、
●ノマド批判側
・30~40代くらい
・社会人経験をそれなりにしている(世の中の酸いも甘いも経験済み?)
・働き方は重要だが、そんなに甘くないよといったスタンス

ノマドというのは遊牧民からきている言葉であり、いつでもどこでも仕事をする事が出来るワークスタイルとして最近注目されているようです。
その背景には、
・ICTの進化→twitter、facebook等での情報発信が容易になったこと
・年齢や職歴を超えて、人脈構築が容易になったこと
・ノマド的スタイルを推し進めたかった人達が手を握り合える環境がICTによりわかったこと
ではないかと勝手に思っています。

と同時に重要な点は、今まではなぜノマドが叫ばれなかったか?ということだと思います。
確かに、ICTの進化で個人の情報発信が容易になったとはいえ、それが大きな理由とは思えません。

恐らく、「若い世代で自分なりの考えを出していく環境がなく、それが苦痛でたまらなかった」
のではないかと思います。
NRI、博報堂、ルネサス等大企業在籍者がtwitter等で発信しているのをみると、僕も経験して理解出来る事ですが、年次で判断されがちで、どうしても自分の考えや想いを実現するのは難しく、一方で組織としては組織におけるパフォーマンスが大事なので、個人のそのようなものはあまり求められないといったところに要因が隠れているのではないかと感じています。

大きな組織で、自分の存在理由ってなんだろう?なぜこういうことをしているのか?
このような問いを持つと、大きい組織でそれをクリアにすることは難しいものです。
人事部なんかは、やりがい等いろんな形で洗脳教育をしてきますが、そんなものを既に見抜けちゃう時代にきている僕ら若い世代は、やっぱりモチベーションの源泉としての"何か"が足りないのだと思います。

故に、ノマドというワードを通して、情報発信し、人と人脈形成して、ある種ロープレのような感覚を初めて自分の人生を通して感じられ、楽しいと思えるのだと思います。
そこに、年代のギャップが生まれているのではと感じました。

僕も20代だからその気持ちはわかるし、もし30代になっていたとして、会社のルールが自分の思考特性になっていたとしたら、ノマド?はぁ?ってなるかもしれない。

時代背景と個人の強い想いの発信、はたまたICTの進化がこのような状況を生んでおり、
今後ますますそのギャップは広がるのだろうと思います。

いずれにせよ、僕はノマドをイケてないとは思わないし、一方で大きい組織の意味合いも理解しているので、大きい組織で働く事がダメなんてことは全くないと思っています。

自分の価値観なわけだから、そこを明確にした上で行動して行く。
その先にその人の人生が切り開かれるのだと思います。














ある程度有名大学を卒業するということは、実は価値があることです。
大学に入学すると、それ自体がパラダイスとばかりに、遊びほうけてしまう事もあるかもしれませんが、それでも卒業出来れば、大卒以外の人や無名大学の人と比較し、選択肢において大きなアドバンテージなのです。

であるにも関わらず、最近有名大学出身の女子学生に大企業一般職を受験する方が増えているのではないかということに危機的に感じてしまう事があります。
一般職はもとは、女子大出身者だったり、その大企業男性社員の出会いのための存在といった要素もあったようです。露骨な言い方では、福利厚生と表現される方もいました。

そのような一般職の仕事は、言ってみれば、コピー、書類整理、データ整理、調整・・・などなど、
ビジネスにおいて必要ではあるけれど、付加価値を生む仕事ではありません。
正直、大学入らなくても、高卒、中卒でもフリーターでも出来てしまうお仕事です。
最近では、派遣社員に切り替わる事も多い仕事内容です。

であるにも関わらず、せっかく有名大学に入学し、あろうことか4年後の就職時期には、
大手企業の一般職に就職してしまう女子学生の姿に、なぜ自分の知的資産をいとも簡単に安売りしてしまうのか?と疑問に感じてしまうのです。

恐らく、彼らは気づいていないのかもしれませんが、
有名大学の卒業には少なくとも以下の特典があります。
・有名大学卒のブランド
・数ある選択肢
・周囲の人脈

4年間を遊んでいたかもしれませんが、その4年は貴重な時間であり、本来的には知的資産を蓄える期間であるはずです。
そして、就職活動のタイミングでは、自身が築いてきた知的資産や才能を活かせる職業につき、
知的資産を金融資産、社会資産に変換することが社会への貢献活動となります。

また知的資産を仕事を通して、磨く事で、経験資産も得られ、転職等を通じ、より金融資産を生み出すポテンシャルを高めることが可能です。つまり人生を豊かにするサイクルを自らコントロールしていけるわけです。

こんなにもチャンスが眠っているのに、やる気がないのか、意識が低いのか、アフターファイブが欲しいのか、受からなかったのか、理由は不明ですが、
有名大学卒業の女子学生が一般職に就く理由が僕には理解出来ません。

フリーターでも出来る仕事を、4年もかけた大学を卒業してまで、なぜ就いてしまうのか。
そして、経験資産(キャリア)を築こともできないまま、年齢の増加とともに、その人の資産は劣化の道をたどってしまいます。

女性の感性や才能は男には無い、とても素晴らしいものだと思っているため、能力ある女性はどんどんビジネスのいろんなフィールドでリーダーになってしかるべきであり、またそのような仕組みが出来ていないからやりたくても出来ねぇんだよという突っ込みももちろん理解しつつ、それでも女性のリーダーとしての社会進出が絶対に欠かせないと僕は思っています。

故に、4年間という時間を有名大学で過ごしたのであれば、その間に自らの知的資産を磨き、
恵まれた選択肢の中で、自分の競争優位になりそうな選択肢を選び、キャリアを描いていけば良いのではないかと思うのです。
それが実現されないのは、機会損失であり、非常にもったいないなーと思いました。
まして、旦那さんに人生を預けちゃうのは、離婚リスク、旦那のリストラリスクを考えると、
自分一人になったら極めて危険すぎます、このご時世。
なんか、くらい記事になっちゃった。。。









この1週間は最後の休暇先として、1週間アジアへ行って参りました。
いやー本当に楽しかった。
初めての一人海外で、バックパックだったので最初はヒヤヒヤしましたが、
段々慣れてきて、英語も少しずつコミュニケーション出来るレベルまでにはなり、
なんとか日本に戻ってきました。

また詳細は書きますが、海外へ一人でいくのは良いですね。
洞察力、問題解決力、創造性、コミュニケーション力が磨かれ、発想も良くなります。

これからは3ヶ月に1度はアジアに出て行き、
定期的に現地の状況を体感したいと感じました。
人は自らのレベルに応じた人間関係を形成し、レベル感が満たない人とは疎遠になる。
これは最近つくづく感じることなのです。

例えば、年収が高ければ高い程、同じレベルの人達と付き合う傾向があるそうです。
大学時代に友人同士であったとしても、10年後、Aさんは年収が3000万、Bさんは年収が600万だとしたら、当然遊び方も飲食する場所も付き合う相手も異なります。
すると、会話が合わないですし、お互いに取って不幸になるでしょう。

最近、転職においても同じ事なのではないかと仮説をもつようになりました。
人間の心理は同様に働くのではないでしょうか。

とても残念なことがここ最近いくつかありました。
今まではとても懇意にさせて頂いていたのに、転職が決まってから、なぜか冷たくなる人、嫌みを言ってくる人、態度が変わる人・・・。
数えるぐらいの人数ですが、僕の目の前に現れたのは事実でした。
また転職先が現職よりもより条件がよく、世間的にも評価の高いフィールドになると、
やはり人は自然と反感を持つ部分もあるようです。

また会話においても、急に「それってコンサルっぽいよね」とか、
「かわいげがない」だの突っ込まれる方もいらっしゃいます。
多くの人はそんなことはないのですが、やはり同じ釜を食った人達の中には、
そういった言動をされる方もいらっしゃるわけです。

これらを通じて感じた事は、
・同じ言動でもフィールドが変わった瞬間、相手の捉え方が異なる
・なにかとコンサルっぽいと捉えられるため、より愛嬌を意識したコミュニケーションを心がける
・「そういうものなのだ」と開き直って気にしない
ということなのかなと思います。

つまり、冒頭の話に戻りますが、自分のレベルに応じて対人関係もコミュニケーションも変化するということです。
大学時代に仲の良かった友人達は、外資系戦略コンサルや投資銀行、ベンチャー起業家も多く、
彼らとのコミュニケーションは常に刺激的ですし、会話の生産性も高いです。
一方、いわゆる大企業中心の人達との会話では、それと比較するのは良くないとは思っているのですが、やっぱり僕には刺激が足りない。疲れてしまう。まして、20代だと年次で下に見られてしまう。

故に、自分のレベルが上がったら、自分のレベルに適した人達と付き合うのが一番良いのかもしれません。もちろん、今までお世話になった方、仲良くさせて頂いた方々への感謝や通常のコミュニケーションを疎かにすることではありません。

ただ、本心として自分の素直な心に従った時、やっぱり自分の素直な気持ちを優先することが、
自分にとっても相手にとっても中長期では良いのではないかと最近思う様になり、それが悩みとなっています。