小野駅開業100周年記念 くりちゃん号 その3 | 東京のアライグマのブログ

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今まで撮影した写真を紹介しつつコメントを入れています

2006年6月11日に中央東線(辰野経由)開業100周年と辰野駅・小野駅開業100周年を記念して運転されたくりちゃん号に乗車しており、その1では塩尻駅にて牽引機のEF64 41とEF64 1001を、その2では牽引された旧型客車の内、辰野・岡谷寄りの1号車のスハフ42 2173と2号車のオハ47 2261紹介しましたが今回は残りの3号車と4号車を紹介します。

 

塩尻駅にて2006年6月11日に撮影したくりちゃん号 3号車のオハ47 2246。

オハ47 2246は元々1954年にスハ43 445として製造されその後、電気暖房化に伴い元番号に2000を加えられ2445に改番。

その後さらに、オハ47 2261オハ47 81と同様に10系客車のB寝台車オハネ17、食堂車オシ16に装備されていたTR23をスハ43が装備のTR47に変更時、TR47よりTR23の方が軽いため重量等級が「ス」から「オ」と1ランク下がったためオハ47と型式変更。

TR23も乗り心地改良のためオハ47 2261オハ47 81と同様に平軸からころ軸受化されたTR23Hを装備。

スハ43からオハ47と型式変更時、元番号とは関係なくナンバーが設けられたので隣の2号車オハ47 2261(1952年製元スハ43 138、オハ47改造1968年8月)より2年後に製造されたものの一足早く1968年1月にオハ47に改造されたオハ47 2246の方が若いナンバーを名乗っています。

 

反対側から撮影。

オハ47 2246も車内は室内灯の蛍光灯化や扇風機取付等の近代化を受けて、塗装もぶどう色2号から青15号に変更されましたが蒸気機関車けん引に合わせてぶどう色2号に戻されています。

側扉はすべてHゴム支持窓化されたタイプですが、トイレと洗面所側の側扉はスハフ42 2173と同様にだるまさんタイプと称される小窓が2つ並んだ特徴的な形状です。

この頃、トイレは未整備で使用禁止でしたが2011年の整備工事の際に汚物処理装置を備えたタイプに改造されました。

 

オハ47 2246の隣に連結されていた4号車 スハフ32 2357。

スハフ32 2357は元々1938年にスハフ34658として製造されその後、鋼製客車専用の称号規程が制定された1941年称号規程によりスハフ32 357に改番。

その後、電気暖房化に伴い元番号に2000を加えられスハフ32 2357となっています。

オハ35系戦前型で少し記載しましたがこのスハ32系まで客車の側窓は横幅が600 mmの「狭窓」でその次のオハ35系から横幅が1,000 mmと「広窓」になったため外観は今まで紹介した3両(全てスハ43系列)と比べて大幅に違っています。

 

反対側から撮影。

1927年から製造されたオハ31系から車体が木造から鋼製になったものの全長は木造車と同様の17mだったのに対し1929年から製造された改良型のスハ32系から全長20mと変更。

座席のシートピッチもオハ31までの1,300 mm(ボックス席2つにつき3枚の窓)に対しスハ32系では1,455 mmに拡大し、それに伴いボックス席1つにつき2枚の窓に窓割が変更されてます。(さらにその後のオハ35系で広窓になりボックス席1つに窓1枚に。)

なお、スハ32系の屋根は当初二重屋根で製造されたものの1932年以降の新造車はすべて丸屋根に変更となった。

スハフ32 2357は2両しか現存しないスハ32系 3等車の1両(もう1両は小金井公園敷地内に保存のスハフ32 2146)で、かつ営業線路上で稼働可能な最古の旅客用車両という貴重な存在なため、他の旧型客車と比較して注目が高いです。

 

この後、塩尻13:24発のくりちゃん4号に乗車し辰野・岡谷に向かいました。