普通に生活保護を適用して、普通にいのちを救えるのが行政~「人道的見地」という恩恵ではなく。 | 騰奔静想~司法書士とくたけさとこの「つれづれ日記」

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大阪の柏原市で司法書士をやってる徳武聡子といいます。
仕事のかたわら、あっちこっち走り回ったり、もの思いにふけったり。
いろいろお伝えしていきます。

 今年の5月中旬に、群馬県の館林市で、生活保護が適用されていた身元不明の認知症の女性の身元が判明し、館林市が親族に対して、この女性に関して支出した約1000万円ともいわれる生活保護費の返還を求めるかどうかの報道がありました。

 それによると、館林市は、この生活保護費の返還を求めないという判断をしています。妥当な判断だと思いますが、報道記事を見ていて気になったのが、この返還を求めない理由について、館林市が「人道的見地から生活保護を適用したため」という趣旨の説明をしていることです。
 複数の新聞で報道されているので、実際に、このような説明があったのでしょう。

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 市によると、生活保護受給者本人や家族に収入や資産があることが分かった場合、返還を求めるのが原則。しかし、人道的見地からの保護だったことから、「請求しない」と判断したという。(東京新聞)Click!
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 市は、7年前に女性を保護した経緯について、「人命を守るのは当然の責務。人道的見地から施設入所措置をした」と総括したうえで、かかった経費を請求しない方針を決めた。(毎日新聞)
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 一方で、「認知症は社会全体の問題で、人道的見地から請求すべきでない」(日本経済新聞)、「人道的見地から女性の家族に返還を求めない方針を決めた」(読売新聞)とも報道されているので、生活保護費の返還を求めない理由も「人道的見地による」ということのようです。

「人道的」とは、広辞苑によれば「人としての道義にかなったさま。人間愛をもって人に接するさま。」という意味で、それは人としてあるべき資質と思いますし、基本的に社会保障に関わる人は人間愛を持って欲しいとも思います。

 しかし、館林市が女性の親族に返還を求めない判断をしたということについて、ああよかったと思う一方で、人道的見地から生活保護を適用したという説明を聞くと、「あれれ?」と思うのです。

 というのは、「人道的見地から」と言ってしまうと、本当は生活保護が適用できないのに、そこを何とかしようとして「人道的見地から」という超法規的措置をとったように受け取れてしまいます。今回の、女性に対する生活保護は、そのような無理を通すようなことだったのでしょうか。

 生活保護法では、困窮者の居住地を管轄する福祉事務所が生活保護を行うことになっていますし、この居住地がわからない場合には「現在地」といって、困窮者が今いる場所を管轄する福祉事務所が実施機関となります。

生活保護法19条1項(実施機関)
 都道府県知事、市長及び社会福祉法に規定する福祉に関する事務所を管理する町村長は、次に掲げる者に対して、この法律の定めるところにより、保護を決定し、かつ、実施しなければならない。
一  その管理に属する福祉事務所の所管区域内に居住地を有する要保護者
二  居住地がないか、又は明らかでない要保護者であつて、その管理に属する福祉事務所の所管区域内に現在地を有するもの


 さらに、当人からの生活保護の申請がなくても、行政は職権で生活保護を適用できます。

生活保護法25条1項(職権による保護の開始及び変更)
 保護の実施機関は、要保護者が急迫した状況にあるときは、すみやかに、職権をもつて保護の種類、程度及び方法を決定し、保護を開始しなければならない。


 生活保護の開始決定をするのに必要な調査についても、当時は可能な範囲でされたことと思われます。資産や収入について調べ尽くしていなくても、生活保護を開始決定を行うことは可能です。

 したがって、おそらく、館林市は生活保護法に基づいて適切に生活保護を適用したのでしょう。

 さらに「人道的見地から」生活保護費の返還を求めないとも報道されていますが、これも「うーん…」と首をかしげざるを得ません。

 この身元の判明した女性が、実は多額の資産を持っていたのであれば、きちんと請求して返還を求めればよいことです。そのような仕組みは法63条に規定されていますし、むしろ、そこはおろそかにしていいわけではありません(なお、63条による返還の場合でも控除がありますので、全額返還ということにはなりません)。

 また、家族などの扶養義務者に後から請求するなど、法77条による費用徴収の仕組みはありますが、法77条は家庭裁判所を活用して行う場合が想定されており、実際には極めてレアケースなものです。そういう場合でもなければ、そもそも扶養義務者に対して返還を求めるという話にもなりません。

 身元不明の女性の生活を行政が支える------とても好い話ですが、館林市は法に基づいてなすべきことをしただけ、ともいえます。そして、それができるからこそ、生活保護制度や行政の役割はとても重要で、存在意義があります。普通に生活保護法を適用して、普通に人の命を救うことができる、それだけの力が行政にはあります。

 もちろん、館林市もそのように当たり前に生活保護を適用したけど、事例としてはイレギュラーであることには違いないので対外的な説明として「人道的見地」というわかりやすい単語を使用しただけかも知れません。

 しかし、行政としては、「どんなことがあっても、生活保護があるから大丈夫ですよ」と、命を救う制度と権限を持っていることをこそ誇ってほしいと思います。
 それを「人道的見地」と評してしまっては、あたりまえの手続を特別視してしまうことになります。逆に、63条返還についての調査を行わず、なすべき手続を曖昧にすることもつながります。
 そして、なにより当たり前に利用できるはずの生活保護や社会保障が、〈お恵み〉的な制度であるかのように落とし込むことになり、とても危険だと感じています。

 憲法25条と生活保護法に基づいて困窮者の命と生活を守るのは、法に基づく行政の義務であって、決して人道的見地から行うものではありません。ただ、それは決して、行政には暖かみが要らないとか、そういうことではないのですが。