欠かさず観てるテレビ番組ある?

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馬場下町という早稲田の隣のアパートで生まれ、となりの部屋のテレビの有ったお宅のところに入り浸っていたという俺。
 
仕方なく買った中古の白黒テレビが14インチくらいで12000円とか当時の給料が1万円とかいう時代。
 
今住んでいる街に越してきたのが3歳半。鉄腕アトムや鉄人28号と言った黎明期のアニメ、もっとも当時アニメという用語は使われておらずテレビまんがだったけれどもモノクロ作品を白黒テレビで必死に観ていた。
 
幼稚園くらいになるとNHKの『ひょっこりひょうたん島』のオープニングで右下に【カラー】という
煩わしい表記が目に付くようになった。いちいち個々の番組までは覚えていないが
カラー放送となった番組にはこの表記があったのだが家のテレビがまだまだ白黒で見ることはかなわなかった。
 
なので東京、メキシコ五輪は白黒で見た。札幌冬季五輪はカラーで見た。というふうに
はっきりとそこに時代が映る。万博の頃幼馴染の女の子の家にカラーテレビが入ったのだ
 
〇江ちゃんのうちがカラーテレビになったよ!
 
うるさかっただろうね。
 
うちも買おうよ、うちはまだ?←こういっているようなものである。
 
で、記憶しているのは最初のテレビはねじ込み式の足のやつでそれが家具調になって16インチくらいに画面が少し大きくなってさらにカラーとなったわけで結婚したころ
 
NHK放送センターに同じテレビが展示してあって写真撮ってきた。
 
初めてビデオデッキを買った昭和59年でもテレビもビデオもモノラルなのね。
 
2代目にしてようやくステレオのデッキを買うわけだけれどテレビはモノラルのまま。
【カラー】の次が【2か国語】や【ステレオ】となった時代
 
大画面テレビが欲しくなって29インチを買います。ステレオスピーカーがここぞとばかり付いていました。
 
この後ブラウン管のワイド化という波が来ましたがスルーします。
 
液晶VSプラズマが来て
 
DVDレコーダーと液晶セットで46インチを買うことになりました。
 
そして時代は4Kと高精度になって東京五輪でしたがスルー。
 
国産メーカーが中国製に移行していく中、壊れていないけれど
 
下取り〇万!いつものジャパネットで65インチに
 
さらば世界の亀山46インチ
 
1500のラック一杯の65インチ
 
これが今あるテレビラックギリギリの幅でして70インチとかになると1800のラックを買わないと載らないのです。
 
 
書ききれずに書きませんでしたが車載用ブラウン管10インチとか液晶2,5インチとか
 
はたまた15インチテレビを光源とするインフラノイズプロジェクター50インチとかずいぶん買いました。
 
ここらで一休みかな?