織田信長は定説では、明智光秀の謀反により本能寺の変で死んだことになっています。

しかし、織田信長の遺体は確認されてはいないんですよね。

それに、織田信長の側近だった黒人の家来の遺体も同じく発見されてはいません。
どちらの遺体も火事により灰になったというのが定説です。

しかし、織田信長が本能寺の変では死んでいなかったとしたらどうでしょうか?

オマケに明智光秀の謀反もなかったとしたら・・・。

ちょうどNHKの大河ドラマ「麒麟がくる」の放送が終了したので、明智光秀に関する不思議な話を書いてみたいと思いました。

ちなみに、明智光秀役の長谷川博己さんは良い役者さんだと思いました。

明智光秀のイメージが変わりましたね。

織田信長役の染谷将太さんも見事に織田信長を演じ切りましたね。若い彼には少し荷が重い役だと思っていましたが、大したものだと思いました。

さて、話を進めますね。

元々、明智光秀が謀反に至った原因とされる、信長から不当な扱いを受けたことを根に持つたという事実などなかったようなのです。

織田信長は明智光秀を非常に信頼しており、その信頼の程度は豊臣秀吉よりも遥かに厚かったようなのです。  

さて、織田信長が本能寺の変で死んでいなかったとしたら、なぜ本能寺の変の後、織田信長は歴史の舞台から消えたのか?

ここからが面白いところなのですが・・・。織田信長は生きてバチカンを目指した。そんな説があるんです。

皆さんは木内鶴彦さんという方をご存知でしょうか?木内さんは元自衛官で、コメットハンターとしてもとても有名な方です。

かの有名なスイフト・タットル彗星を再発見されたことでも有名です。

その木内さんが難病のため一度は死亡宣告をされたのです。これは、臨死体験と言うよりも死後体験と呼んだ方が良い体験らしいのです。

立花隆さんの著書に、臨死体験者の体験を集めた「臨死体験」という上下巻の分厚い本があるのですが、各体験者に割かれているページ数が一人につき1ページなのに対して木内さんのみ2ページが割かれている。

それほど、他の臨死体験者の体験とは違った深い体験をしているんですね。

まず、息を引き取った直後に、お母さんが病院の公衆電話から親戚に電話をしている所に意識が飛んだ。

次にお姉さんのことを考えると、お姉さん達が病院に向かう車中に意識が飛んだ。

木内さんはこの経験から、意識は時間と空間を超えられるのではと考え、歴史上の不可解な点を自分が目で見て見ようと考えました。

そして、前述の本能寺の変の後を見て来たのです。

木内さんの見たビジョンでは、港(おそらく日本海側の福井港)で織田信長と明智光秀が話をしていました。

織田信長は明智光秀に協力してくれたことを感謝していました。本能寺の変のすべては、織田信長と明智光秀の壮大な策略だったのです。

では、なぜ、そんなことをする必要があったのか?

木内さんは第三者として場面を見ることができるだけでなく、その登場人物の中にも入ることができるのです。

そこから導き出された結果は、織田信長は日本に飽き足らず世界征服を望んでいた。

そのためには、バチカンに行ってローマ法王になる必要があったのです。

そう、織田信長はローマ法王になるために、自分の死を偽装して、バチカンへと渡ったのです。

木内さんの凄いところは、単にビジョンを見るだけでなく、見たビジョンの確認作業をするところです。

その結果、バチカンに織田信長と非常によく似た名前の記録があったのです。

残念なことに、織田信長はローマ法王にはなれなかったものの、枢機卿にまで登りつめました。

枢機卿と言えばローマ法王のすぐ下の地位です。やはり、織田信長はただ者ではなかったのですね。

それでは最後までお読み頂きありがとうございます。

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