選挙をバカにしているのは一体誰か。 | トクメイネット

選挙をバカにしているのは一体誰か。

【選挙をバカにしているのは一体誰か①】

選挙が盛んだ。今日も選挙カーが立候補者の名前を連呼する。ただ名前を連呼することに意味があるのかとは、この時期必ず聞く言葉だ。意味はあるのだろう。つまり立候補者の名前を覚えてもらう、迷っている有権者の最後の背中押しなど。意味はあっても、少し賢しい人ならば公約や政治理念など入る隙のない選挙活動に違和感を覚えるものだ。

違和感を覚えると言えば、今日も聞いた「地元の○○、地元の○○」の連呼だ。これはどうなのだろうか。これも意味は理解できる。あなたの地元に有利になりますよ、だから票を下さい、ということだ。理解はできるが、どうなのかと思う。今、この界隈で市議会議員選挙をやっている。つまりこれは、この候補者はこの市において「地元」を贔屓する、つまり他の地域は贔屓にしないという不公平政治を掲げていることになる。勿論、自分の住む地域に有利な政治をして欲しいから、有利な政治ができる人間を選ぶというのは至極真っ当な考え方だ。けれどもそれは市民判断においてであり、立候補者が自ら言うべきことではない。その地区をいかに良くするかも大事だ。それが大きなポイントでもある。けれどもだ。それを「公約」などではなく「地元」だからという理由で選ばせようというのは、あまりに馬鹿げている。もっと現実的に言えば、「地元に有益」という部分よりも「地元」ということで親近感を抱いてもらおうという効果への期待も大きい。というよりもそちらの方が大だ。なんだそれ。程度が低い。立候補者も有権者もだ。

「地元贔屓」的な考え方は、いい加減改正されるべきだ。「政治家が自分たちだけ贔屓してくれる」思想だからだ。これが推し進められると「地元の業者に」「地縁の業者に」そして「談合」。そうなってくる。自分の街を良く変えて欲しいから「地元」出身者を推すという理屈は分かる。がそろそろ、普通選挙も始まって百年、そろそろ、「自分の街」が「隣り合った街たち」と共存共生していることにも目を向け、たとえば市議会であれば、市全体との兼ね合いの中で自分の街がよりよく改善されることを考える時期に入ってもいいのではないか。有利・不利ではなく。それができないなら、やはり程度が低い、といわざるを得ない。(つづく)