道警によるヤジ排除の適法性 | 下関在住の素人バイオリン弾きのブログ

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1 前置き

今年の7月の参議院議員選挙の際、北海道で、首相の応援演説中にヤジをとばした人を、道警が排除した。

私のみた動画によると、首相の応援演説中、ある男性(以下、「甲氏」と呼ぶ。)が大声で「安倍帰れ。」とヤジを連呼し、ヤジ開始10秒後に警察官の排除行為が始まり、甲氏は、複数の警察官によって押し抱えるようにして、離れた所まで移動させられた。

私は、この出来事は、民主主義の根幹にかかわる問題だと見ている。

そこで、以下、私見を述べたい。なお、私は法学部出身というだけで、弁護士ではないので、以下の私見もその前提でお読みいただきたい。また、内容については、忌憚ないご批判をいただきたい。

結論を先にいうと、私は、この排除行為は、刑法36条1項により、適法な職務行為となるとみている。

2 演説妨害罪の成立時期

公職選挙法225条2号の演説妨害罪はいつ成立するか。

それは行為の態様及び現場の状況によるとしかいえないが、検討の前提として目安を決めておきたい。

演説妨害罪は、大審院及び最高裁の判例上、聴衆が演説を聴き取ることを困難にするだけで成立する。

個人が肉声でヤジをとばした場合も、それが大声ならば、聴衆が演説を聴き取ることを困難にするので、瞬間的なものでも「演説を妨害し」に該当するかと思える。

しかし、刑罰の対象とするには、構成要件が予定する程度の法益侵害が起こることが必要である。

そこで、大声のヤジでも、一定程度連続してはじめて、「演説を妨害し」にあたると考える。

では、どの程度連続すれば、成立するか。

この点について、大審院の判例(大審院判決昭和7年5月17日大審院刑事判例集第11巻635頁)は、罵声をあびせた上で約1分間の連続拍手をするだけで演説妨害罪が成立するとしている。

この判例を参考にし、大声で約1分間連続してヤジをとばせば、演説妨害罪が成立するという前提で話を進める。

3 強制処分と法律上の根拠

(1)強制処分か

当該排除行為は、抵抗している甲氏を、有形力を行使して移動させている。

この移動させられたことにより、甲氏は、自身が希望する、首相の演説が行われているその場で、大声のヤジを継続し、そのヤジを首相及びその他のその場にいる者(候補者、選挙運動員、聴衆)に継続的に聴かせるという自由も制限されている。これは、表現の自由の制約といえる。

したがって、当該排除行為は個人の意思に反して、その移動の自由及び表現の自由という重要な権利利益を実質的に制約しているので、強制処分にあたる。

(2)司法警察か行政警察か

警察の作用には、司法警察と行政警察の区別がある。

司法警察とは、犯罪の捜査及び被疑者の逮捕のための作用である。

これに対し、行政警察とは、個人の生命、身体及び財産を保護し、犯罪を予防する作用である。

当該排除行為は、犯罪の捜査又は被疑者の逮捕のために行われた形跡はなく、行政警察の作用として行われたとみることができる。

したがって、司法警察に関する法律(刑事訴訟法)は当該排除行為には適用がない。

(3)行政警察上の強制処分と法律の根拠

警察官が行政警察上の強制処分を行うには、法律上の根拠規定が必要である。

その根拠規定は、警察官職務執行法(以下「警職法」という。)などに個別に置かれている。

このような個別の根拠規定に基づかなければ、警察官は、強制処分を行うことができない。

ただし、個別の根拠規定がなくても、警察官は、正当防衛(刑法36条1項)又は緊急避難(刑法37条1項)を行うことができる。

(4)警察官と正当防衛及び緊急避難

刑法37条2項は、緊急避難について、「前項の規定は、業務上特別の義務がある者には、適用しない。」と定める。

この「業務上特別の義務がある者」とは、危難に身をさらす義務のある者のことであり、警察官、消防団員等である。

同項は、危難に身をさらす義務のある者は、その義務と相容れない範囲では、緊急避難を認められないことを意味している。

もっとも、これには例外が認められている(団藤重光「刑法綱要総論第三版」250頁、251頁参照)。

したがって、警察官も、その例外の範囲で、緊急避難を行うことができる。

そして、緊急避難について特に「業務上特別の義務がある者」について適用を除外する規定をおいているのに対して、正当防衛についての刑法36条にはそのような規定はおかれていない。

これは、「業務上特別の義務がある者」も正当防衛を行うことができることを当然の前提としている。

(5)小括

以上から、行政警察上の強制処分は、個別の根拠規定がなくても、正当防衛又は緊急避難にあたる場合には、適法な職務行為となる(緊急避難は上記例外の範囲に限られる。)。

4 警職法5条の要件の検討

(1)前置き

当該排除行為は、ヤジを実力によって阻止する行為であり、「制止」にあたるといえる。

警察官に「制止」の権限を付与するのが、警職法5条である。

(2)「制止」の要件

同条に基づく「制止」の要件の一つに、「その行為により人の生命若しくは身体に危険が及び、又は財産に重大な損害を受ける虞があ……る場合」であることがある。

このたびのやじ排除の際に、誰かに生命の危険が生じていたことはないだろう。

そこで、身体又は財産の危険が問題となるが、仮にこの要件の充足が認められた場合も、警察比例の原則により、身体又は財産の危険を除去する範囲でしか、制止行為ができないことになる。

その結果、甲氏の周りを警戒し、押しあい、もみ合いなどが生じることを防ぐ程度でしか、権限を行使できなかったとみることができる。

つまり、移動させたのは、権限を行使できる範囲を逸脱していたことになる。

(3)小括

以上から、当該排除行為を、警職法5条による「制止」として適法とすることはできない。

このような結論になるのは、同条の要件に生命、身体、財産が出てくるのみで、自由が挙げられていないことにより、選挙の自由という法益が同条の保護対象に含まれないからである。

5 正当防衛の成否の検討

(1)前置き

警職法5条の要件を具備しない場合でも、正当防衛の要件をみたすときは、警察官は制止できる(注1)。

刑法36条1項により、正当防衛とは、「急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為」のことである。

(2)「急迫不正の侵害に対して」にあたるか

 「急迫」

ここに「急迫」というのは、「法益の侵害が現に存在しているか、または間近に押し迫つていることを意味」する(最高裁判決昭和46年11月16日刑集第25巻8号996頁)。

上記の演説妨害罪の既遂時期を前提にすれば、ヤジの連呼を開始した時点で、既遂まで約1分である。

これは、演説妨害罪の成立(法益侵害)が「間近に押し迫っている」といえるだろう。

 「不正」

ここに「不正」というのは、違法という意味である。

ヤジの大声での連呼が約1分続けば既遂になり、演説妨害罪が成立するのだから、違法であるといえる。

 「侵害」

「侵害」とは、法益に対する実害又はその危険を生じさせる行為をいう。

既遂になれば選挙の自由(演説の自由)という法益を侵害するから、「侵害」にあたるといえる。

 小括

以上から、ヤジの連呼の開始後10秒の時点において、「急迫不正の侵害に対して」という状況があったとみることができる。

(3)「自己又は他人の権利を防衛するため」にあたるか

ア 「自己又は他人の権利」

この「権利」は、広く法益を意味する。権利・法益の種類や性質を問わない。

選挙の自由は、公職選挙法上、保護されている利益であり、「他人の権利」にあたる。

イ 「防衛するため」

「防衛するため」にあたるには、㋐侵害者の法益に対する反撃であること、㋑防衛に適する性質の行為であること、㋒防衛の意思があることが必要である。

まず、当該排除行為は、ヤジを飛ばしている人に対して反撃し、直接侵害を排除する行為であり、㋐にあたる。

当該排除行為は、防衛に適する性質の行為であるといえ、㋑にあたる。

当該防衛行為は、演説が妨害されるのを防ぐためにしたとみることができるので、㋒にあたる。

したがって、「防衛するため」の要件をみたす。

(4)「やむを得ずにした行為」にあたるか

 相当性

「やむを得ずにした行為」とは、「自己または他人の権利を防衛する手段として必要最小限度のものであること、すなわち反撃行為が侵害に対する防衛手段として相当性を有するものであることを意味する」(最高裁判決昭和44年12月4日刑集第23巻12号1573頁)。

ひらたくいうと、侵害を排除できる手段が複数あるときは、相手に与える損害が最も小さい手段を選ぶことを要する。

ヤジが継続して演説妨害罪が成立する事態を防ぐ手段としては、直接口をふさぐ方法と、押し抱えて移動させて距離をとらせる方法があるだろう。

このうち、後者の手段の方が、相手の損害の質及び程度が小さい。

したがって、当該排除行為は必要最小限度のものであったといえ、「やむを得ずにした行為」にあたる。

 法益の権衡(つり合い)

必要最小限度の手段であれば、反撃行為によって生じた害が、侵害行為が生じさせる害に比べてたまたま大きくても、正当防衛が成立することをさまたげない。

言い換えると、正当防衛の成否の検討にあたっては、厳格な法益の権衡(つり合い)は要求されない。

しかし、いちじるしく法益の権衡を失する場合は、正当防衛は成立しないと解されている。

甲氏は、その場にとどまって大声でヤジを続ける自由を制約されている。

そのような自由は、民主主義の根幹をなす選挙の自由(演説の自由)に優越するとは言えないだろう。

なぜなら、演説の自由は、日本国憲法21条1項の表現の自由(政治活動の自由)の行使であることはもちろん、公正な選挙(日本国憲法前文は「正当に選挙された」と述べることによって、選挙が公正に行われることを希望している。)の一環として手厚く保護され、通常の表現よりも優越した地位を認められているからである。

したがって、いちじるしく法益の権衡を失するとは到底言えない。

(5)小括

当該排除行為は、「急迫不正の侵害に対して、…他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為」にあたり、正当防衛が成立する。

6 結論

当該排除行為は、刑法36条1項により、適法な職務行為である。

当該排除行為には、正当防衛が成立し、仮に何らかの構成要件に該当しても犯罪は成立しない。

また、甲氏には、演説妨害罪は成立しない。成立する前に排除されたからである。

 

(注1)

「現場警察官権限解説上巻第2版」(田村正博著、立花書房)も、警職法5条の要件を満たさない場合にも、正当防衛の要件を満たすときは、制止を行えるとする。

「相手方の行動を強制的に制止する行為は、個別の法律の根拠がなければ行い得ないのが原則ではあるが、正当防衛に当たる場合のほか、現行犯罪の場合については、直接の根拠規定がなくても制止することができると解されており、その場合には、本条後段のような犯罪の種類や態様による制限はない。」(同書54頁)