母親は自分の前世は知らない。
知らなくてもいい。
チャンと教えてくれる嫁が里帰りしてくる。
それが長男嫁である。
その長男嫁は性格が対極として長男が出会う。
それもある日突然に、以心伝心に、偶然の一致のように、必然の一致のように、漠然と、曖昧に出会う。
これが神との約束だった。なぜ明確にならないのだろう。
それは母親がどのように兄弟と付き合っていたか?
付き合い方で長男の嫁が決まるというのか?
その通りだと神は言うだろう。
神に選ぶことを約束した。
選ぶとは何か?
○○が嫌いだから○○を選んだより、
○○のお陰で○○に出会えた。
この選択だ。
嫌いだから選ぶのではなく、お陰で出会えたを選ぶことを。
もし選んでない付き合いをしていたなら、どうなるのだろう?
それは結婚の縁がなかったり、結婚したことはしたが離婚してしまったりしてしまう。
付き合いだけでなぜこのようになってしまうのだろう?
神ならきっとこう言うだろう。
「主人を信じなさい」
「主人だけを見つめていなさい」
「主人と同じ魂が里帰りするんだよ」
とね。
そう分かってきたと思うが、前に書いたように、長男の嫁は父親と同じ魂が里帰りしてくるのだから、妻として主人
を敬うことができるなら、長男嫁は義母を敬うだろう。
妻が夫を無視したりけなしたりすると、長男嫁がそのお返しでけなすだろう。
妻が夫の持ち物を粗末にすれば、長男嫁が義母の持ち物を粗末にするだけならいいが捨ててしまうであろう。
妻が夫の友人を大切にすれば、長男嫁が義母の友人を親切にもてなすだろう。
これが対極の法則であり、母親として主人にしてきた行動や、心の中で思っていた潜在意識が以心伝心で長男嫁に伝わり、恩返しをしてくれる。
なんと素晴らしい神からの贈り物だろうか。
こんな贈り物を届けてくれる長男嫁をなぜ母親は嫌うのだろう。
なぜさけるのであろう。
もう一度、妻として母として女としての心構えを考えてみてはどうかな?
つまりは長男嫁は母親としてどのように生きてきたか、表面上をつくろっても、隠しても何も言わなくても、何もき
れい事を言わなくても素直に現してくれるんだ。