光圀公は水戸藩の2代藩主ですが、実は長男ではありません。

お兄さんがいたのです。

お兄さんは、松平頼重(よりしげ)といい、四国の高松藩の藩主となりました。


光圀公は、長男ではない自分が藩主になることに悩んでいました。

そして、自分のあとに水戸藩主となるのはお兄さんの子供であるべきだ!と考え、

お兄さんの子供である綱條(つなえだ)を養子とし、水戸藩を継がせました。


そして、自分の子供である頼常(よりつね)お兄さんの養子となり、高松藩を継ぎました。



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虎図  松平頼常筆


この絵は、頼常公が描いた絵です。

ユーモラスな感じもあり、また迫力もありますね~。


絵の左上に文章(賛(さん)といいます)が書いてありますが、

これは水戸藩3代藩主・綱條公が書いたものです。



こういった親戚関係・友好関係により、現在は、

茨城県水戸市と香川県高松市は親善都市となっています!



なる



企画展 「七人の黄門さま」(第2・第3展示室)

  期間    : 平成25年7月6日(土)~9月1日(日)


徳川ミュージアム
 開館時間 : 10:00~16:00
  *ミュージアムショップにてオリジナルグッズ販売中!