つらいこと、なんだかつまらないこと
普段の生活・仕事には「つらいこと」や「つまらないこと」、さらには「やりたくないこと」がつきまとう。極論をいうと、どんな物事も「つまらない」と思うか「結構たのしいな」と思うかは、自分自身のこころの持ちようで、どんな単純な作業でも「おもしろみ」というものはあるものだ。現に、はたから見て「あの人は何をやってもうまくいく」「あの人はいろんな人に囲まれている」「なんだか楽しそうに仕事している」人は、たいていどんなことにも、「無理せず」に目の前の物事を「楽しんで」というか、「ニュートラルな心」で取り組める人が多い。私は学生の頃、スーパーのバイトでビールを商品棚に陳列する作業をしていたが、すべてを出し終えて、ラベルをすべて前向きにして、整然と並んだその商品たちの美しさに「楽しさ」を覚えていた。そんな小さなことでいい。そういった心をもって仕事をしていると、バイトなのに様々な仕事を与えてもらうことができ、より楽しい仕事となっていったことを覚えている。とはいえ私たちも人間。 例えばとりあえず就職した職場で、好きでもない仕事を頼まれ、さほど目に見えて誰かの役に立つものでもない作業であれば、そこに楽しみを見出すことは難しい。しかし、同じ作業でも独立開業した社長がやるときはきっと楽しいはずだし、バイトであっても大好きな店長から頼まれた仕事であれば、認められたくて一生懸命になることもあるだろう。つまり、自分が置かれている状況などに応じて、同じ作業でも楽しかったりストレスだったりする。つらいこと、つまらないことは、目的が「他人のため」にあることが多い。〇〇から頼まれた。お客様のオーダー。でも、これを一旦ニュートラルな心で取り組み、自分ができる範囲で、自分なりにこだわりながらやってみて、自分が得られる喜びにフォーカスしてみる。例えば、今日は昨日より15秒早く終わらせた!、今日のデザインはこだわり抜いた!、私の仕事は美しすぎる!気持ちが乗らない日もある。そんな日は、心に返し弁を付けて、プラス方面なら気が流れるようにして、マイナスな思考になりそうならリリースリリース。何も考えない。つまらないことが楽しくなれば、人生はほぼ楽しい。