GWは赤ちゃんポストについて考えてみようと思います。

今日の記事では子供側にとって命が助かる以外にどんな意味があるか考えてみたいと思います。(あくまでも私個人の考えで、押し付けるつもりはありません)

私は赤ちゃんポストに「託す」というとらえ方ができるのが大きいポイントなのではないかと思います。

私が出自の情報開示請求をした際に送られてきた複数社の新聞記事には全てもれなく「遺棄」という言葉が使われていました。

なんかあまり嬉しくない響きの言葉ですよね。

受け取り方は子供によって違うとしか言えませんが、私にとっては「遺棄」と聞かされるか、「託された」と聞かされるかは大きく受け取り方が異なっただろうなと思います。

育ててもらえなかった事実に変わりはありませんが、赤ちゃんポストに「託す」ということは、間違いなく保護されるということです。
「遺棄」は運よく見つかれば生きられるけれど、運が悪ければ死ぬということです。

自分を生んだ親がどちらの行動をとったのか、、どうでしょうか?
私にとって意味があることをなんとなく感じていただけたでしょうか?

私たち当事者は、実親が私たちを手放す瞬間を誰かが第三者視点で録画でもしていない限り、100%事実を知ることはできません。

たとえ会えたとしてもです。今たずねても、当時どのように思っていたのか、本心を語ってくれる保証はどこにもありません。

当時の実親の想いや葛藤、事情(正も負も)を知ることは難しいのです。
そんな中、「自分は託された」という思い込みではない事実を感じられるというのが赤ちゃんポストの大きな意味の一つであると思います。

赤ちゃんポストは今までもこれからも子供が生まれた直後の命をつなぎ託す役目を負っています。
私たちは、その後の子供たちがよりよい環境で育つことができるようにできることからやっていこうと思います。